横目に見てる不動産屋

 駅横の不動産屋さん。よくある光景だろう。○○駅西口を出てすぐ左、なんて謳い文句を誰もが一度は目にしたことがあるだろう。そして駅の横を通るたびに、なんとなくその存在を認知してるような、してないような感じ。ただの箱として認識しているのかもしれない。なんかプレハブ小屋みたいなのがある、みたいな。多分、みんなもそれくらいにしか思ってないんでしょ。何も考えず前を通ったりしてたんでしょ。だって僕もそうだったから。


 いつもこの駅を使って、そこから坂を上って大学の正門まで歩く。毎日これを繰り返していたのだけれど、3年に進級するのを機に一人暮らしをすることになった。実家通いじゃなくなったら、電車に乗る頻度も減るだろう。ちなみに進級を機に、というよりは両親がマンションから引っ越すことにしたからというのが正しい。母も父の転勤についていくらしい。僕に兄弟はいないし自然な流れだ。

 ということで家探し。はじめは大学の友達にいい物件知らないか、なんて聞いて回ったけど、そんなうまい話なんて転がっているわけもなく、結局この不動産屋さんを訪れることになった。いつも視界に入っていたけど、それは駅の階段を下りながらその横顔を見ていただけで、こうやって自動ドアの前に立って正面からまじまじと見るたことはなかったかもしれない。


 ああ、壁は白というよりはクリーム色なんだなとか、ドアには昔からの物件広告が貼ってあったんだな、なんてことを思ったりした。今までも見ていたけれど見えていなかったということだろう。人間、見ようとしているものを見ているに過ぎない。なんて僕はこんな哲学的なことが言いたいわけではない。

 もう一歩前に出ると自動ドアが反応した。白いカウンターに二人の男女が掛けている。彼らがスタッフなのだろう。そして夫婦が右の席におじいさんが左側の席に座っている。つまり手の空いているスタッフはいないということで、私がふわふわしていると、男性の方がここに座ってお待ちください、すみません。と声を掛けてきた。分かりましたと頷きながら椅子を引いて座る。横の壁際に置かれた長机に荷物を置く。

 さて何をしようか。とりあえずスマホを出して通知でも確認しようか。そう思ってスマホを右ポケットから出して体の正面に持ってきた。通知を確認して時折返信して、とやっていると目が疲れてきた。目を休めよう。顔を上げるとそこには階段があった。人通りがまばらだ。と思ったら急に人が増えた。なんでだ。


 あっ、そうか。ちょうど今は快速が到着する時刻だ。そうだ。いま僕が見ている階段は駅の階段だ。ここの窓は階段側から見ると少し低いところにあるから外を眺めている僕が誰かと目が合うなんてことはない。だからなのか、誰も僕の存在なんか気にしていないみたいに通り過ぎてゆく。みな気を抜いた表情、仕草で歩いていく。スマホを熱心に覗き込んでいる人、電話をしながら表情を曇らせていく人、お互いの顔を見て笑い合うカップル。


 僕が今までこの不動産屋さんを気にしていなかったように、ここにいる僕を誰も気にしていない。その事実は分かってしまえばひどく単純で、それでいて不気味だった。

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