フェアリーと冒険者

「大丈夫だよ、きみのお父さんから話は聞いてるから。これからは私といっしょに冒険しようね」

「うるさいなぁ。まあ、ありがと」


 私は下位フェアリーのハンナ。この少年の祖父の代からこの家に仕え始めた。この子の父親は先日、賊に襲われて亡くなった。だから次は子供のこの少年に仕えるということだ。まあ、この子はまだ若くて冒険者としての経験も知識も実力も足りない。こういったものを身につける道中に付き合ってくれと私はことづかっているのだ。


「次は遠くに見えるあの森か、あっちの湖に行くかって感じなんだけど、どっちがいい?」

「何でハンナが仕切ってんだよ。でも森がいいな森」

「どうして?」

「うるさいなぁ。あれだよ、親父の骨、埋めてやりたい」

「そっか、そこまで私、考えられてなかった」

「いいんだよ、ハンナは考えなくて俺の親父だから」

 まだ、冒険者として足りないところはあっても、素晴らしい人間に育っていますよ、と私は先代と先々代の顔を思い浮かべながら心の中で呟いた。



 少年は青年になり、父親と同じくらいの背丈になっていた。

「なぁ、この城の探索が終わったら、この城の中で休めそうなところ探してのんびりしないか。少しの間」

「どうして?」

「いっつも理由を欲しがるなぁハンナは。あれだよ、ちょっと一息つきたくてさ。最近ずっと移動しっぱなしだったろ。だからさ」

「なるほどね。私も名案だと思う」

 私はこんな涼しいことを言いながら、内心ホッとしていた。私も疲れていたのだ。もしかして私を慮ってくれたのだろうか。フェアリーといえど私は下位フェアリーだし、人間の形を維持するのには体力を何倍も消費する。先々代も先代もこの子も無理して人間に擬態しなくて良いと言ってくれるが、私はあんまり自分の姿が気に入らないから人間でいる方が好きだ。



「きみも逞しくなったね。きみのお父さんに似てきたよ」

「うるさいなぁ。それあんまりうれしくないぞ」

「そんなことないよ」

「そういえばあの山だったよな、ハンナ」

「ええ、あの山出身の者と考えて間違いない」

 この子はずっと歩き続けて自分の父親を殺した者が根城としていた山に辿り着こうとしている。父親が殺されたあと真っ先に私に尋ねたのは自分の父親を殺した賊はどこの出かということだった。それほど強く思っていたのだろう。彼も四十を過ぎた。最近は咳も目立つ。彼はこの道中で最愛の女性を見つけた。二人の間には男の子が生まれた。妻と子は朽ちた城で穏やかに暮らしている。



「ねぇ、扉が見えたわ」

「うるさいなぁ、僕にも見えてるよ、ゴホ、ゴホッ」

「ここに階段があるわ、おそらくここを上がるのよ」

「どこに相手が潜んでいるか分からないから気をつけてね」

「まあ、きみに言うようなことでも、もうないかしらね」

「ねぇ、いま誰かが横切らなかった?それに何かが倒れた音もしたわ」

「私の聞き間違いかしら」

「ねぇ、聞き間違いよね」

「ねぇ」

「ねぇ、答えてよ」


 フェアリーは半永久的な寿命を持つ。だからその長い間に様々なことを経験する。ハンナも例には漏れない。前に進むより城に引き返して妻子に会って話をする方が大切だろう。ハンナは分かっていた。しかし、ハンナは後ろを振り返ることができなかった。

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