ねぇ、はるか。蝶ってさ
空は端から端まで全部あざやかな水色。そこに白くてたなびいた雲がふわふわと浮かんでいる。太陽の光は強すぎず、丘に仰向けで寝転がっている二人の子どもを優しく包み込みつつ見守っている。どうやら風も休憩しているようだ。丘の下の方では住人たちが物を買ったりうわさ話をしたりしている。治安はよく活気あふれる街だが、二人はその心地よい喧騒からも離れて二人だけの世界を満喫している。
片方の子はきれいな黒髪とぱっちりとした目。前髪は目までかかっているが本人は気にならないようだ。丘の草にも負けないはっきりとした緑色の上着を羽織っている。それによく合うベージュの七分丈のズボン。全体的に森から出てきた妖精を感じさせる装いだ。もう一人の子は昔でいうところのおかっぱ。髪は肩にかかる手前まで伸びている。色はこげ茶。長いまつ毛が印象的で目は切れ長。濃い紺色とその同系色でまとめた服装は子どもながらに落ち着きをまとっている。
「ねぇ、はるかぁ」
「ん?」
「蝶になりたいと思わない?」
「なんで?」
「だってさぁ」
「うん」
「自由に空飛べるしさ」
「うん」
「翅がきれいだしさ」
「うん」
「種によっては、オスは相手がオスかメスか区別できないらしいの」
「へぇ」
「面白いでしょ」
「うん、面白い。でも何でそれで葵は蝶になりたいの?」
「だってさぁ、男とか女とか実質関係ないってことだよ」
「まあ分かんないってことはそうなるのかな」
「そう。だからなんか何もしがらみがなさそうでいいなぁ、って思うの」
「たしかに、そうかもしれないね」
「でしょ。はるかもそう思う?」
「うん、そう思う」
このはるかの返事を聞いて安心したのか、はるかは寝息をすやすやと立て始めた。葵が何も言わないことに気づいたはるかは、葵の顔を気づかれないようにそっと覗き込んだ。本当に葵は気持ちよさそうに眠る。今日は風も強くないし外で寝てても平気かな、そう思いはるかも横で眠ることにした。長いまつ毛が静かに動く。
カラスの声が聞こえる。あの何かを訴えているような悲しげな声。カラスは山を越え丘を越えて二人のずっと上の方を通っていった。目を開けると青空は夕焼けに変わっている。眩しいような眩しくないような赤色。昼間の太陽が満面の笑みだったら夕方の太陽は微笑みだろう。自分の横で寝ているはるかは何やら考え事をしているような顔つきだった。葵は自分がしたよく分からない話のせいかもしれないと思った。難しい顔をしていてもなお美しいはるかの顔を見ながら、声を掛けて起こすべきか葵は迷った。幾ばくの逡巡のあともう一度はるかの隣で眠ることに決めた。
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