壁になれるカラオケボックス

「壁になりたい!!」というコメントが散見される昨今、わが社はその願望を叶える製品に対して大いにニーズがあると考え、製品化へ努力を続けてきました。今回はその第一弾として壁になれるカラオケボックスというのを実現しました。既存の部屋の壁を二重にしてその隙間に人がひとりは入れるという仕組みです。その先行実施として製品を設置した都内のカラオケボックスの映像をご覧ください。



 「なあ中沢、次これ歌えよ」

 「え、これ難しいじゃないですか、課長。って勝手に入れないでくださいよ」


 懐かしい。中学生時代の同級生がカラオケに来ている。作戦通り。読みは当たったようだ。頑張った甲斐があった。中学生のときから既に声がかなり低く女子たちを虜にしていた中沢くんの声は社会人になっても変わっていなかった。重みのある声が最高。


 この壁になれるカラオケボックスなるものが近くの店舗で実施されるとネットの掲示板にリークされてるのを私は偶然見つけた。さらにそこでの発言を参考に会社の名前を調べたが、ホームページでモニターを公式的に募集していたりはしていなかった。でもそこであきらめる私じゃない。こういうモニターなどは小規模の場合、知人などから集めるというのを会社勤めの友人から聞いたことある。つまりこの実行担当と接触して知り合いになりモニターの話を持ち掛けられる仲になればよいのだ。幸い先行実施までにはあと一か月ある。

 このカラオケボックスがあるのは都内だからこの会社の東京本社がこの事業を担っていると考えて差し支えないだろう。それにこういう新規事業を始める部署は本社にしかない。だから、本社勤めの社員が関わっている事業と見ていいだろう。ということで、会社名と本社を並べてSNSのアカウントを調べる。本社の公式アカウントがあった。さすがに社員のアカウントは見つからなかったのでこの本社アカウントをフォローしているアカウントを調べることにする。めぼしい人物が見つかればその裏アカウントを調べてもいい。


 いつの間にか夜中になっていた。だが社員の裏アカウントを突き止めることができたからあとはこの人たちと仲良くなるだけ。今まで運用してきたアカウントの中から一番適切そうな20代後半OLになりきったアカウントを今回は使うことにしよう。独身の男性社員を狙って接触を試みるからやはりこのアカウントが好都合であろう。どうせ少し褒めて持ち上げればすぐに仲良くなれる。


「そういえば、草野さんってカラオケお好きなんでしたっけ」

「はい、カラオケマンボウとかによく」

「マンボウですか、都内に少なくないですか」

「そうですね、確かに私が行くとこしかみたことないかもです」

「でもそこによく行くんですよね」

「あっ、はい」

「じゃあ、ちょうどよかった。今、私の会社でですね」


こんなやりとりが二人の間ではあった。このときはもう実名を教え合って私生活の話をする仲になっていた。女の方は仮名だが。



ロックを低い声で歌いあげている中沢くんが今、壁越しにいる。目の前にいる。そう思うだけで私は嬉しかった。生きててよかった。

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