カーブミラーの失敗とパラレルワールド

 見てしまった。これを誰かに共有したい。私はただカーブミラーの中を覗き込んだだけなのに。ちょっと低めのカーブミラーがあって、これくらいなら背伸びすれば同じくらいだな、そんな軽い気持ちで背伸びしたら見えてしまった。鏡の向こうの世界。色んな妄想をアリスを読んだ時からしていたけれど、やっぱり現実はそんな綺麗なものじゃなかった。現実と、こっちの世界とほぼ一緒の世界があっただけ。

 でも、その世界はあきらかに今の世界とは違っていた。そんなにじっと見つめていないから分かんないけど――だって、背伸びってしんどい――多分あの世界は俗に言うパラレルワールド、並行世界なのだろう。しかも最新のパラレルワールド。私がした最新の選択の、選ばなかった方を選んだ場合の世界。だって、私がさっき覗いたときにはカーブミラーを一瞬だけ見て通り過ぎた私が映っていたのだから。

 ということで多分このカーブミラーに映るパラレルワールドの中身は解明できたはずだ。でも解明できたからといってどうなるのだろう。このカーブミラーは職場から駅まで歩く途中にある。だから、これからも覗こうと思えば覗けるわけだ。でも、覗いて何になるんだろうか。だって、もう行けやしない世界を見たって後悔するだけだろう。そういえば、占い師は水晶で人の将来が見えるけれど、自分の将来は絶対に見ない、というのを聞いたことがある気がする。自分の腕に自信がある占い師ほど、嫌な未来が見えてしまったときに嫌になるからだろう。

 こんなことを考えていると、あっという間に改札が見えてきた。私はこれからの人生であの道をもう一回通ることがあるだろうか。あんな未来が来る可能性があったという事実に本当に驚いた。これからもあのカーブミラーを見るとこんな思いになるかもしれないのだ。多分、もうあの道を通らない。私はこう誓いながら満員電車の中に体を押し込んだ。


 ごめんなさい。きみに見せる気はなかったんだ。ただあまりの衝撃で僕が自分の中にきみの未来をしまいきれなかったんだ。絶対、今晩、三面鏡に怒られる。もうこの役目をして数十年がたったというのに情けない。この世の行き先は決まっているわけじゃない。選択肢がたくさん用意されてるんだ。でも最終的に選ばれるのは一つだけ。だから残りは僕たち鏡が自分の中にため込んでゆくんだ。

 僕たちは選ばれなかった選択肢の選ばれた選択肢と違うところを修正して、自分たちの表面に映し出す。まあ、左右だけは修正しきれないんだけど。でも今回、選ばれなかった選択肢が選ばれた選択肢と違い過ぎて、僕の修正が追い付かなかった。これは言い訳に過ぎないんだけど。反省しなきゃ。

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