僕はきみのためになら
「ねぇ、やめて、離して。私は私が嫌いなの。ずっとずっと嫌なの」
20代前半に見える女は男に肩をがしっと掴まれていて、その手を必死で振り払おうとしている。
「それでもいい、それでもいいから。ただきみがどう思おうと僕はきみが好きなんだ」
「じゃあ、私の好きにさせてよ。私が死のうが、誰かを傷つけようが、誰かの悪口を言おうが、何でもいいでしょ」
「頼むから他の人を巻き込むのはやめてほしい。僕になら何してもいいから。他の人を傷つけるのはやめて」
「なんでよ。結局、他の人の目が気になるんでしょ。自分の彼女が他人に迷惑かけてるっていう状況に耐えれないんでしょ」
「そうきみが考えるのも分かるんだけど違う。僕はみんなが、きみのことを嫌いになるのを避けたいんだ。きみのことをみんなに誤解してほしくないんだ。でも、きみにストレスが溜まっていくのはよく分かる。だから、僕に何をしてもいいよ。言いたい放題言ってもいいし、殴りたけりゃ殴ればいい。僕を閉じ込めたければ閉じ込めればいいし、奴隷にしたかったら僕は喜んできみの奴隷になるよ」
「なんでそんなに自暴自棄なの」
「自暴自棄なんかじゃないよ。きみのことが好きだから、きみのためにできることは全部したいんだ。それだけだよ」
「なんで私なんかを好きになるの。なんでこんな酷いことばっかりしてるのに私を嫌いにならないの。なんで愛想尽かさないの」
「なんでって言われても、困るよ」
男のこの返答を聞いた女は呆れたようにタバコを取り出し、慣れた手つきで火を点けた。そして、それがちっとも短くならないうちに、そのまま男に投げつけた。男の素足にそれは当たったはずだが、男は何事もなかったかのようにそれを拾い上げ、火を消さないようにしながら口元に持っていき残りの煙を味わっている。
女は再び呆れた顔をしながら砕いた錠剤をそのまま飲み込んだ。そのあと思い出したかのようにコップに入っていた水を飲んだ。それはベランダに出る前に彼女自身が睡眠薬を溶かした水であることも彼女は忘れてしまったようだ。
彼女は大抵オーバードーズしていて、そうでないときは深酒をしている。男はそのことを全て知っているが止めず、あまつさえ、知らないふりをしている。だから余計、女は気づいてほしくて深みにはまっていく。二人はどんどん二人の世界に落ち込んでいく。
そういえば、この二人が住んでいるアパートのベランダの柵は低い。簡単に跨げるくらいだ。もちろん世の中には建築基準法というものが存在する。外から見れば分かることだがこの二人の部屋だけ柵の高さが違う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます