自分磨き

 自分磨き。これが松木の一番好きな言葉である。座右の銘、モットーなどと言い換えることもできる。反対に嫌いな言葉は自分探し。松木曰く、探すという感覚が分からないそうだ。理想の自分の姿、というのは明確に決まり切っておりそれを求めてゆくこと、その姿に近づいてゆくことこそが人生なのだという。たしかにそんな考えからすると自分探しなんて言葉はうざったく、愚鈍なものにしか感じられないだろう。


 一重ひとえ二重ふたえか。一時期、松木は人と知り合う度このことばかり注目していた。松木は一重でありそれが幼少期からのコンプレックスだった。なぜ4人家族の中で自分だけ一重瞼なのか。そんな思いもあったのだろう。だから、松木がはじめにした整形は二重整形だった。ガーゼを剥がし、まだうっすら赤い瞼を確認して松木はよろこんだ。少し時間が経つと他のパーツが気になるようになった。目だけ二重になっても意味がない。全体として調和がとれなくては、こう思うようになっていた。整形のための費用だと思えば毎日の激務もまったく苦ではなかった。


 松木の理想は別に顔に限ったことじゃない。体も、というと何だか生々しいが、そういうことだ。毎日の体重測定は言うまでもなく、50キロを超えるのは厳禁だ。松木は背が高い方なので中々にハードである。基準は体重だけではない。ウエストなどは定期的に測るし、スカートやベルト、腕時計なども重要な指標の一つである。もちろんお風呂のときに鏡に全身を映しチェックすることも欠かさない。ボディラインや鎖骨、骨盤などの浮き具合を確認するのだ。それに手と指。細さや筋張った感じなどにも理想を追い求める。ジョギングや筋トレはこういった理想への近道だった。


 こうやって自分自身を高めつつ、松木は見た目、つまりファッションにもこだわりがあった。高いものでも自分がコレと思ったもの、自分に似合うと思ったものは積極的に買った。先述のように彼女はそれなりの額を稼いでいた。さらに、そんな忙しい日々の中でも内面を磨くことを松木は忘れなかった。教養レベルの読書はもちろんのこと、仕事とは別に資格の勉強をしていた。業務に関係するものからワインソムリエなどの趣味につながるようなものまで豊富に揃えていた。


 こんな風に邁進する姿を見て多くの人は感心し、褒めたたえ、尊敬した。一方で昔の友人など、少数であるものの心配する声もあった。松木はそういった人たちに対し容赦なく、それは甘えだと言い捨てた。


 そんな松木はどんどんと理想の自分に近づいていった。ほぼ理想通りと言える自分になったと思えるある日、松木は気づいた。


 自分の理想は、理想の自分になるために努力する自分だということに。

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