月は見えない

 お隣さんで5才年下の尚くんは目が不自由。尚くんが生まれたときから家族ぐるみで交流があったし私も尚くんも一人っ子だからお互い兄弟みたいにして仲良く育った。早いもので尚くんは今年から中学生になった。思春期だからなのか中学生かぁ大きくなったねぇ、なんて言ったあと頭を撫でようとしたら手を振り払われたのはいい思い出だ。その態度とは裏腹に尚くんは顔を少し赤らめていた。ちなみに私はこの夏には最後の部活の大会も終わり、段々と模試が増えてきて受験生という実感が本当に湧いてきたところ。

 尚くんは合唱部に入った。部活ではスポーツをしたいとも思ったみたいだけれど、ほぼ目が見えないのに他の生徒と混じるのは危険だということでやめたらしい。代わりといってはなんだが合唱部を選んだらしい。元々、音楽も好きな尚くんは活動を楽しんでいるらしくうれしい限りだ。最近は尚くんが中学生、私が受験生ということでどっちかの家でご飯をいっしょに食べるみたいなことはあまりできていない。


 創立記念日は高校が休み。遊ぼうよと友達のグループから誘われたけど、あいにく気乗りしないメンバーだったので用事が、、、と適当に断った。実際は何もないからこうやってリビングのソファーでだらだらしてるわけだけど。起きるのも遅く、カップ麵を食べて、ぼーっと動画を見ているともう夕方6時だった。スマホが鳴った。父は出張中だからお母さんだろう。パート先からわざわざ私の生活を監視する電話とはご苦労なことだ、なんて決めつけたが違った。今日は帰りが遅くなるという。それに尚が高熱を出したから看病してほしいと尚くんのお母さんから連絡があったという。今日、尚くんは少し体調が悪かったので学校を休んだらしい。でもちょっと悪いだけだと本人が言うものだから両親とも夜勤に行ったという。尚くん、私のスマホに直接掛ければいいのにとお母さんに言うと、尚くん、創立記念日で休みって知らないのよ。と言われた。確かに言ってない。

 焦りつつ家を出て、隣の家のインターフォンを一応鳴らす、とわざわざ尚くんが出迎えてくれた。鍵持ってるから寝ててよかったのに、熱あるんでしょ。と言うと意外なことを言われた。


 「仮病、久しぶりに話がしたかったから」


 私は、嘘はダメだと言ったあと、うれしいこと言ってくれるじゃん、と付け足した。結局、最近、話してなかった分、二人で色んな話をした。一通りおしゃべりしたあと晩ご飯を食べてないことに気づいた。尚くんが冷蔵庫にあるものなら使っていいって、と教えてくれたから肉じゃがを作った。食べ終わったあとお皿を洗おうとすると呼び止められた。


 「洗い物は俺がやるからいいよ」


 尚くんは中学に入ってから自分のことを俺と呼ぶようになった。


 「え、いいよいいよ」


 「そんなことよりさ、こっち来てよ」


 縁側に尚くんが座っている。


 「え?」


 戸惑いつつも尚くんの横に座る。尚くんは徐に空を見上げた。

 尚は空の星も月も見えてないの。

 昔、尚くんのお母さんから聞いた言葉を私は思い出した。

 


 「月がきれいですね」少年は言った。


 少年に少女の赤い頬は見えていない。

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