焼酎、薬品、フレンチトースト

 消えてしまえばいいんだあんな男。いつも横暴で、自分勝手で、都合が良くて、金もなくて、イケメンでもない。さっさと消してしまおう。大学の先輩がいま研究用、学校用に薬品を卸す企業に勤めているから少しくらい理由が不透明でも、販売許可を下ろしてくれるだろう。お世話になった先輩を利用するのは心が痛むけれど仕方ない。この薬品が明日の昼過ぎには届くはずだから、あとは明日、宅飲みに誘えばよい。酒も入ってる女と二人きりなんてことであれば私が一番目の女ではないにしろ、あいつは来るだろう。そういう欲望に正直な奴なのだ。いや、欲望にだけ正直な奴なのだ。だから暴力もふるうし暴言も吐く。とりあえずあいつが好きな芋焼酎とつまみでも買ってこよう。明日は土曜だからいくら夜更かししても構わない。それにあいつの好きな銘柄は遠くの24時間営業の店にしか売ってないと分かっているからここまで酒も飲まなかった。明日は薬品の受け取りがあるから今のうちに買い出しだけでも済ましておきたい。計画を絶対に成功させるために。


 時計は朝8時過ぎを指している。思いのほかそんなに寝坊していないのは会社員生活にすっかり染まってしまったからだろうか。なんとなくいつも通りトイレに行き、顔を洗う。たしか焼酎を車で焼酎を買いに行き、疲れてそのまま寝てしまったんだった。メールを確認すると未読が1件。「製品番号***** 小瓶 1個 お買い上げありがとうございました」そうだった、あいつを殺そうとしていたのだった。そんなことは絶対ダメだ。いったい夜になると何を考えだすか分からない。いくら嫌な男だったからといって、いくら酷いことをされたからといって殺すなんてことはダメだ。だからといって程度の低い嫌がらせくらいならいいと言っているわけでもない。たしかに辛いこともいっぱいあったけど楽しいこともあったじゃないか。それにまだ終わったわけでもない。とりあえずブランチでも作ろう。幸い、卵と食パンと牛乳があったから少し手間をかけてフレンチトーストなんてどうだろうか。


 焼酎の一升瓶、薬品の小瓶、水色のお皿に乗ったフレンチトースト。結局、私の前にはこれらが並んだ。あの人の好きな芋焼酎とその人を殺める薬品を望んだ私。思いなおして、とりあえずと思ってフレンチトーストをつくった私。そしてそれらを俯瞰して眺める私。一つひとつを手に取りうっとりとする私。ついでにと思ってテーブルの上のこれらをスマホで撮ってSNSの鍵垢に投稿する私。どれも私で私じゃない。

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