いつも本を持ち歩いてる人

 大学の構内で一日に一回くらいは会う女性がいる。多分、僕とは学部も違うはず。なんで覚えてるかというと彼女がいつも何かしらの本を読んでいるからだ。食堂、講義室、図書館、キャンパス内のカフェやベンチ。どこで見かけても彼女は文庫本を手にしている。特にベンチなんかで誰かを待つときなど、大抵の人はスマホを見ている。でも、この人はいつでも本を持ち歩いていて、そしていつもそれを開いて本文に目を落としている。

 読書好きの僕としては、相手があまり知らない人だとしてもどんな本を読んでいるのか気になる。というか普段かかわりの無いような人が読んでいる本の方が興味があるかもしれない。一旦そう思うと気になって来た。話しかけてみようか。僕が何回も会っているということは、彼女も僕と何回も会っているということだから、僕のことを認識してくれているかもしれない。そう思ったけれど、そんなことは無かろうとも思う。なんてことをしていたら彼女はコーヒーを飲み終えて会計を済ませてしまった。


 今日こそは声を掛けてみよう。どこまで親しくなれるかは分からないけど、その日、手に持っている本がなんていう本なのかくらいは教えてもらえるだろう。それに今はもう夕方。大体の講義は終わった頃だから今なら世間話をするくらいの時間はあるんじゃないだろうか。さりげなく隣に座ってみよう。


 「隣、いいですか」

 「あ、はい、どうぞ」

 「あの、僕も本よく読むんですけど」

 「ええ」

 「いまは何の本読んでらっしゃるんですか」

 「これです、『高瀬舟』」

 「ああ、聞いたことあります。もしかしたら教科書で読んだことあるのかもしれません」

 「そうなんですか。私はなかったかなぁ。あっ、何回生の方ですか」

 「僕は2回生です。それに名前も言ってなかったですね。田中久志です。久しい志でひさしです」

 「ええと、私も2回生で、川本凛華です。凛々しいの凛に華やかの華です。さっきタメ口使っちゃったんですけど、良いですかね」

 「同学年みたいですし良いですよ。あっ、いや、良いよ」


 このあと川本さんのスマホに電話がかかってきたからおしゃべりは終わりになったけど、名前まで聞けてしまった。また会ったときにお話ができたらいいな。


 それからも田中と川本は大学内で会うたびに話をした。どうやら川本は読むのが速いみたいで、田中が尋ねると多くの場合読んでいる作品は変わっていた。


 『鉄道員ぽっぽや』『アルジャーノンに花束を』『きみの膵臓をたべたい』『解夏げげ』他にも色んな作品が話題に上がった。


 川本から教えてもらった作品のうち、すぐに手に入ったものを全部読み終えた田中はあることに思い至った。それを明日、尋ねようと思った。


 「川本さん、なんか読んでる本がどれも感動系ばっかりじゃない?なんか巷で泣けるって言われてるような」

 「うん、そうかも」

 「なんでそういうのばっかり読んでるの?好み?」

 「ええと、、、。いつ泣いてても不自然じゃないように――」

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