空想ピエロの涙
―—レディースアンドジェントルマン、さあ今から空想の時間を始めるよ。
えぇと、この言い方はよくないな。仕切り直し。
―—さあて皆様、今から空想の時間を始めるよ。
ここは一人だけのサーカス。カラフルなテントも直径3メートルくらいのコンパクトなものだ。そこには自分しかいなくて頭の中でこのピエロが陽気な声を出しながらおどけている。ちなみにピエロはクラウンの一つで、悲しみを裏に抱えているというのが特徴らしい。そっかぁ、悲しみを裏に抱えてるのかぁ。
―—こんな世界に生きたかったなあ、こんな人たちと会いたかったなあ、この人とこんなことしたかったなあ。そんなことを思い浮かべてみませんか?
うーん、新しい、今とまったく違う世界っていうのを想像するの難しいな。会いたい人ってどんな人だろ。白馬に乗ってる王子様とかかな。でも会ったことない人をイメージするのできないな。じゃあ、やっぱり「この人とこんなことしたかったなあ」かなぁ。何だろう、この人ってかぁ。うーん、、、。
おぼろげにだけど思いついちゃうんだよなあ、これが。何がしたいかって、うーん。まあ空想だから真剣に考えたところでどうにもならないし、真剣に考えたところで無駄なのだけど。遊びに行く?遊園地とか水族館とか?うーん。そういうの好きなのかな。分からないや。じゃあショッピング?あんまり好きじゃないのかなぁ。でも着てる服いつもおしゃれだし、ネックレスとかピアスとかもしてるしなぁ、ファッション興味あるんじゃないかな。SNSに上げてるのもやっぱりおしゃれだし。
ふと脳裏に街ですれ違ったお揃いコーデの二人が思い浮かんだ。あの二人仲良さそうだったな。全身、靴まで同じもの。ところどころ色違いだった。それで極めつけは左手と右手にしたブレスレット。お互いのがくっつくように手をつないでて、なんかこう、微笑ましかったというか、なんというか、うん。うらやましかった。自分もやってみたいなぁ、と思った。まあ、空想の時間だし誰もこんな自分を咎めないだろう。
―—さあ、そろそろ名残惜しいけど今日のショーも終わりだよ。
くるくると回りながらピエロが喋っている。バク転をおまけに見せてあげようと言ったのに派手に失敗している。やっぱりこういう抜けている感じもピエロっぽい。おどけているというのはこういう様子を言うんだっけ。
―—じゃあ、そろそろほんとに終わりなんだけど今日も皆様の中の一人に僕の力で特別にプレゼントをあげちゃおうかな。はい!じゃあ今日の空想を現実にしてほしいっていう人は手を挙げてね。そうすれば空想の続きとして現実世界を楽しめるよ。
いつもこの掛け声で手を挙げるのをためらう。だっていつもこのタイミングでピエロの涙のメイクが本物の涙で消されてゆくのだから。
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