大学一年の弟を訪ねたら

 弟が大学進学を機に実家から数駅のところで一人暮らしを始めた。数駅といっても田舎なので結構遠い。そして俺はいま就活生。でも割と早く内定が決まり実家でのんびりしていたら、母親が「たまには統吾の様子でも見に行ったら?兄としても心配だろう。お母さんも心配だよ、ご飯しっかり食べてるかとか」と言ってきた。心配なら自分で行けばよいのに、と思わないでもなかったが、まあこれからも実家暮らしになりそうだし、これくらいのことはしなければならない。ということでいまからそっち行ってもいい?と早速、連絡すると用事があるから夕方まで、と言われた。別に長居する気はないし問題ない。

 というわけで電車待ち。大学に行くのと逆方向だから少し新鮮。最近は滅多にこっち側には来ていない。まあ行く用事も無いし。なんとなく予想できるように大学から遠ざかれば遠ざかるほど田舎感が強まる。そういうのは自然豊かって言うんだと以前注意されたことがあるのだけれど。ちょうど稲が実り始める時期なので田んぼは存在感を強めている。電車は速度を落として目的の駅に着いた。この一つ前の駅には昔よく来たものだがそれより奥には来たことが無かったので物珍しさがある。あんまり地理も分からないけど、弟に聞くのも駅まで来てもらうのも何だったのでスマホを当てにすることにした。

 まあまあな青空の下、中途半端な時間に一人住宅街の中を歩く。駅の近くの、田んぼと畑ばかりの景色とは打って変わって、少し内に入ると閑静な雰囲気が漂っている。もちろん大学一年生がこんなところに下宿できるわけもなく、統吾が借りてるアパートはもう少し奥に入ったところにある。もうあまり住人はおらず今年希望者がいなかったら取り壊すつもりだったとかなんとか。何やら古い寺院が横にあるらしく夏は寺を囲む林のセミがうるさかったらしい。俺は寺にあまり興味はなかったけど唯は好きだったなあ、と思い出した。なんか今日はよく唯のことを思い出している気がする。風もほんの少し冷たくなり秋を感じさせるここ数日の空気に感傷的になっているのだろうか。

 一応と思って「近くまで来た」と統吾に送ると「OK」とすぐに返信が来た。こんなマメなやつだったっけと違和感を抱きつつも歩くこと数分、着いた。確かに外観はボロく取り壊しという話も無理は無い気がした。




 母親に行って来たら?なんて言われたときはなんで俺がと思ったものだったが、いざ話してみればやっぱり楽しい。そういえば夕方までと言っていたなと思い出し、そろそろ帰ると統吾に行って腰を上げた。統吾も、そう?もうちょっと居てもいいのに、と口では言いつつも、そっちから言い出してくれて助かったという表情だった。元気そうで何よりと言いつつスニーカーを履き俺は軋む扉を開けた。そこには唯が居た。変わらず綺麗だった。

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