バーチャル自分

 ガチャガチャ。皿が机に置かれる音。

 トポトポ。コーヒーがマグカップに注がれる音。

 僕は寝ぼけまなこでこんな音を聞きながら家族におはようと言ったあと顔を洗う。今日はまだ水曜日。早く土日にならないかな。そんな思いは会社勤めの父もスーパーのパートの母も小学生の弟も同じらしく、みな微妙に浮かない顔をしながらトーストを食べている。僕もやはりウキウキはしない。早く終わればいいのになぁ、最近そんなことばかり考えている気がする。別に人生そのものに飽きたわけではないが、こんな感じで判を押したような生活には嫌気が差してきた。なんか、こう、いつも変わらないところだけスキップや早送りができたらいいのだが。



 そんなことを思いながら一日をやり過ごした。土日までまだ二日間もある。せめて夢だけは楽しいものを、とベッドの中で思っているとどこからか声が聞こえた。


 「ここにバーチャルのあなたがあります。要りますか」


 唐突過ぎてよく分からないがバーチャルとは最近市民権を得てきつつある、あのバーチャルだろうか。僕の疑問を最新のテクノロジーか何かが読み取ったのか、


 「このバーチャルの存在はあなたの見た目だけでなく、声、しぐさ、思考などを全て模倣した精巧なものです。また、ワイヤレス充電を応用した電気運搬の方法で稼働していますのでプラグを用いた充電やバッテリーなどは必要ありません。さて、要りますか」


 どうやら聞く限り声の相手は真剣そうである。とりあえず、と思って額を聞いてみると無期限で無償だと言うので、もらうことにした。こうして僕は自分の生活を代わりにこなしてくれるバーチャル自分とでも言うだろうか、を手に入れたのである。だから今日はこうして自室で真っ昼間だと言うのに寝ていられるのだ。最高。そういえばバーチャルの方が体験したことなどは錠剤にして出力できるらしく、とりあえず今日の分を飲んで明日は登校しようと思う。金曜日だし。では、いざ三度寝。



 さて無事帰って来た自分のドッペルゲンガーみたいな機械か何かが手渡ししてくれた錠剤をオレンジジュースで飲んだ。大して面白いことは起きていなかったようでがっかりしたが、そもそも面白いことが起きない、つまらない学校生活だからコレに行かせたんだったと気づく。その事実は少しむなしい感じがしないでもないが。



 こんな感じで僕は勝手に週休五日とかにしながら過ごしていた。今日も学校から帰って来た僕が僕の部屋に来るのを待っていると母親が僕と弟を呼ぶ声が聞こえた。行こうかと思って腰を上げたが、ちょうど僕が帰って来たので任せることにした。


 そのとき急に部屋が暗くなった。テレビの電源も落ちたみたいで夕方のニュースを読み上げる声が途切れたのが分かった。これが停電だとしたら、母の前で僕が電源切れを起こしていることになる。そんなことがあってはならないと思ってそうっと居間を覗く。


 そこには倒れた僕と母、弟の姿があった。それを書斎から出てきた父が見ていた。

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