藤井、元田
「藤井」
え、いま。藤井って呼ばれた?私のことだよね。呼び捨て。藤井さんじゃなくて藤井。それに今の声は男子で、おそらく元田くん。元田くんは女子には敬語で名字プラス「さん」で貫き通すことでおなじみだ。その元田くんが呼び捨て?しかも私を?私の頭の中はふ・じ・いの三文字によってはてなマークで埋め尽くされた。そのせいでもう一回、その三文字を聞くことになった。
「藤井」
あっ、そうだったのだ。これは呼びかけだから反応しなきゃまずかったんだ。そんな幼稚園児でも知っているようなことを再確認して口から声を出す。
「なに?元田」
周りの空気が一瞬止まった気がした。なぜだろうか。と考える必要も無く自分の声が鼓膜あたりで反響している。
元田、元田、元田、元田、元田、元田、元田、元田、元田
なぜか私まで元田くんのことを呼び捨てにしてしまっている。こうやって頭の中では元田くんとくん付けしているというのに、どうしたというのだろうか。もうよく分からないがどうにか取り繕うしかなかろう。そう思って顔を上げつつ声のした方に首をひねる。そう、私は机の上のノートを見ながら、とりあえず返事だけしていたのだった。。さあ、早く弁解しないと、大して親しくもない相手を呼び捨てしてしまったことについて。
だが、そこにあったのは赤面した――いや、正しく言うならば赤面を隠そうと奮闘している――顔があった。元田くんはどうやら怒っているわけでも困惑しているわけでもなさそうだ。そのせいで私が困惑する。なんで元田くんは恥ずかしがっているのだろうか。私がいま何か辱めたわけでもないし。そんなことを思いながら何か言わなければということに気づいた。第一呼びかけに応えるために振り向いたのであった。
「元田くん、どうしたの。なんか用?」
冷たくならないようにそれでいて用事をちゃんと尋ねる。
「あの、もう一回、、、」
「え」
「もう一回呼び捨てにしてほしい、藤井さん」
「え、うん。元田、、、くん」
「結局、くん付いてるじゃん」
「じゃあ、私にも」
「あ、分かったよ藤井」
何なんだろう。この二人は鈍すぎる。これは二人を除いたクラスメイトの総意だろう。高校生にしてこの
しかし、たった一点、私は言いたいことがある。いま平安時代の貴族の恋愛模様を私が本文を基にしっかりと解説しているというのに、この二人は楽しくやり取りをしているし、そちらに生徒たちは釘付けなのだ。
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