断れない人
うちの部署に所謂お人好しがいる。大体この言い回しが使われるのは少々の嫌味が込められているときで、今回も例外ではなかった。あいつは俺の直属の部下ではなく俺があいつに頼むような仕事や案件は無い。ただ、あいつはまだあまり会社に慣れておらず、そこにこの性格と来たから中年の上司たちが、大して能力もないくせに出世すごろくを進んでいる上司たちが、都合よく実務をあいつに押し付けているのだ。そのさまを見るのは気持ちのよいものではなく、それを目にするたびに俺はイライラしてなぜか俺が先輩に怒られるのだ。きみ、しっかりしなさいと。まあ、この先輩はあいつの上司と違って実力で上り詰めているタイプだから間違ったことは言わないし、俺が苛立って気が散っていたのは事実である。
あるとき、苛立った理由を先輩に言ったことがある。サシで飲みに行って俺も少し気分がよくなっていた。あいつはお人好しで――なんて言うと物分かりの良い先輩は、きみもよく見てるねぇなんて言いながら納得してくれた。たしかにあの上司たちは目に余るとも言ってくれた。そしてなぜか今度、彼も混ぜてここで飲もうということになったのだ。
ということで今に至る。はじめは遠慮していたこいつも段々と酔いが回って来たのか饒舌になってきた。ちなみに俺も今日は先輩のおごりだということでガラになく気持ちよく酔っていた。そんな折、先輩がタイミングよく席を立った。二人での会話が盛り上がっていたころだった。しかもこいつの愚痴を聞いていた頃。俺がお前、よく頼み事されてるよなぁ。それに自分の分もこなして偉いよ、と水を向けるとぽつぽつとしゃべり始めた。
「ぼく、昔から断るってのが苦手で」どうやら根は深そうだ。まあ、今日はとことん聞いてやろうじゃないか。
「小学生のときとかも遊びに誘われたら嫌われるのがいやで宿題とか習い事とかやらないといけないことがいっぱいあっても付き合ってたんですよ。で、中学高校になるにつれて周りもぼくのことを都合のいい奴認定しだして、ぼくもそう思われてることは分かってたんですけど、もうそれがアイデンティティみたいになってて、断ったらぼくの価値はなくなっちゃうんじゃないかって思ってたんですよ。だから、ぼくは断ることを忘れてしまったんです」こいつはここまで言って急にだんまりをきめた。
俺はここまで聞いてあることを思いついた。よしじゃあ、俺から一つお前にお願いがあるんだけど、引き受けてくれるか。そう聞くと目の前の青年は訝りながらも首を縦に振った。
「これからは人からの頼み事は原則、断れ。いいな」
青年は静かに、はい、と答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます