セミの一週間とともに

 夜中に嫌気が差してきて、こうなってくると止められなくなって、僕は個室の小さな窓枠に手を掛けた。夏とはいえ夜の風は冷たい。こんな夜に身投げもいいだろう、そうやって僕を浸す感傷は最高潮に――


ミンミンミンミンミン ミンミンミンミンミン ミンミンミンミンミン


 夏の風物詩、セミだ。彼らに時間感覚なんてものはないのか夜でも早朝でもお構いなしだ。こうなってくるとどうも死ぬ気もなくなる。僕は真っ白のシーツのかかったベッドに戻り、同じく真っ白のタオルケットに身をくるむ。


 セミと時間感覚、といえばたしかセミの寿命は一週間ではなかったか。僕は入院して二回目の夏を迎えている。去年の春に交通事故に遭ってその後の夏は早く退院してやると思っていたけれど、この体が受けたダメージは思いのほか大きく、医者によるとベッドの上で本を読んだり、ものを食べたりできているだけですごいらしい。でも、こんな生活にも飽きてきた。


 そうか、じゃあ、こうしよう。どうやらこの個室の近くで飛んでいるセミはいつも同じ一匹みたいだから、このセミが死んだら僕も死ぬことにしよう。それでいい。僕の人生はあと一週間くらいでちょうどいい。思いついてしまえば非常に自然な発想のように思えた。眠気が安らかに僕を襲った。


 一日目。七日目に死ぬと分かっていると決まっているといつもより気分が楽な気がする。息がしやすいというか。何をやってもいいんだ。どうせ七日目には死ぬんだから。この思いが僕を楽にした。結局、何かやることが大きく変わったわけではないけれど。


 二日目。昨日と同じことをした。好きな作家さんの新刊を読み進め、自分の興味のある教科だけ教科書を取り出して、適当に目を通しつつなんとなく要点をまとめたりした。


 三日目。今日もやっぱりいつも通り。何か変わったことをわざわざしようとも思わない。両親はもうこの世にいないし近くに親戚はいないから誰も見舞いには来ない。クラスメイトが一か月に一回来たら珍しいほうだ。特段来てほしいわけでもないが。


 四日目。まあ、今日も特に何もなかった。強いて言うなら、花瓶の花を替えに来た看護師さんが花の名前とその花言葉を教えてくれた。


 五日目。昨日の看護師さんがご飯を持ってきてくれた。彼女は実習中らしい。僕が自殺したら彼女の心象があまりよくないだろうか。まあ、そんなことに気を遣う必要は無いのだけれど。


 六日目。そういえば、例の看護師さんにセミの声うるさくなぁい?と聞かれて久しぶりにその存在を意識したのだけれど、セミの声に衰えはなかった。もしかしたらよりうるさくなっているくらいかもしれない。


 七日目。この日はさすがに緊張した。でもそれは心地よい緊張だった。僕が夕飯の前すこし感傷的になって窓の方を向いてベッドに座っていると看護師さんに話しかけられた。どうしたの?僕は言葉を探しながら夕焼けと言った。どこか気取ったやつだと思われたかもしれない。でも、彼女はあしらうことはせずにこう言って立ち去った。



 「朝日の方が好きかなぁ」



 僕は翌朝、セミの声で目覚めて眩しい陽の光を浴びた。

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