嘘は罪だ

 嘘。あんなもので人々は現実逃避をしている。自分がこの世界で楽に息をするために、都合の良いことを言っている。時には自分に暗示をかけるかのように嘘をつく人もいる。嘘をつき続ける人や、嘘に嘘を重ねる人だっている。嘘が蔓延っているから「嘘つきは泥棒の始まり」だとか「嘘も方便」なんて言葉も人口に膾炙するのだ。そういえば、墓場まで持っていく、なんていう形容の仕方もある。

 ここまでで分かると思うが私は嘘が嫌いだし、嘘をつく人を軽蔑さえしている。だから私は検察官を目指し、現在一年目だ。新米検察官とも言える。道のりは決して平坦ではなく、もちろん忍耐と努力を要するものだった。嘘を許さないことと正義漢であることは違うようにも思えるが、私の態度は子どもの時から周りに忌み嫌われた。確かに人の嘘を許容せず正すことは、気に食わないことだろうし、そんな奴はイケすかない。嘘をついていない人間の方が珍しいのだから僕がこうして大人になるまで周りから距離を置かれていたのも納得できる。

 それでも嘘に対して厳しい態度をとっているのにはもちろん理由がある。私の母は夫の、つまり私の父の罪を被って捕まった。父は猛反対したらしいが、この子を養えるにはあなただからなどと言われたらしい。つまり母は嘘をついて私と夫を守ったわけだった。ここで私は嘘により母親と疎遠になり犯罪者の子どもということになってしまった。それは母でなく父が捕まってもそうだったわけだが、ことはもっと複雑だった。

 結局、父の行いは白日の下に晒され父は時効の一年前に捕まった。母はすでに持病が悪くなって塀の中で亡くなっていた。取り調べられた父は、妻に濡れ衣を着るように指示したのは私だった、と帰らぬ人となった妻の名誉を守るためかそんなことを口走った。実際のことは分からないがこれでは私は父にも嘘をつかれたことになるし、私がこの歳まで信じていたことは全て嘘だったことになる。

 だから私は嘘が嫌いだった。母は父を庇って嘘をついて牢にいたということになっていたがそれも全て父の嘘だった。二人の嘘が私をつくったと言っても過言ではない。何しろ私が小学校に上がった年の事件だった。私は明瞭に覚えていないし、後から聞かされた話も多い。母は息子の友達が息子を馬鹿にしたことに腹を立て複数人の子どもを殺した。もっと様々な理由や伏線、いわゆる大人の事情もあった。しかし実際にはそれは父親のしたことであった。私は事件のことを事細かに調べた。この事件によって私の両親は失われた。しかしこの事件が今の私をつくっているとも言える。人々の嘘を正し少しでも真実という枠組みに当てはめて人を助けたい。隠されたものに光を当てたい。こう思ってきたのは事実である。しかしそれは検察官を目指した最大の要因ではない。


 私が最も軽蔑しているのは自分自身であり、この職に就くことは第一に私の贖罪であるのだ。

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