光が私を呼び戻す

 意識はこの世に所在を取り戻し私を呼び戻そうとした。このような思考が私の脳を占めている時点で、既に敗北が決まりかけているようなものだが、まだ私は抵抗を試みる。さながら、虫あみから虫かごへと移されるときに最後の力を振り絞って喚き、じたばたするセミのように。こんな喩えを考えている内に頭の中の回路が少しずつ繋がり始め、確認のために時計に手を伸ばせという指示が今にも下ろうとしている。しかしゴーサインを意図的に出さまいとするのも私の脳。あと少しだけ、あと少しだけ。刹那ほどでもいいから時間が欲しい。どうしてこうも時間というのは要らないときは持てあますのに、求められるときにはスルスルと手の中を逃げてゆくのだろうか。触ったこともないが、おそらく泥鰌というのもこんな感じではないだろうか。まったく、どんどんと意識はクリスタルクリアに向かっていく。こういうときだけ優秀なのだから。一方、瞼は善戦している。姿を見せずとも熱で攻撃してくる太陽の光を受けつつも、まだ天井を見せないようにと重く半ば無理やりに閉じられている。しかし遮断しきれない情報というのもあって階段の方からは家族のざわめきが聞こえる。低い声に甲高い声。眠そうな声。そろそろこの声帯も活動を強いられるのだろうか。でもさっきまでの続きを見ていたい。たしか小学校の校庭で遊んでいたんだっけ。確か捕まっていてそこを友達が助けに来てくれた。でも、生憎チャイムが鳴って靴を履き替えに行かなくちゃならなかった。そのときに――。という感じだったがこんな風に言語化してるうちに忘れてしまった。はぁ、こんなことを考えないでそのまま身を委ねていればよかったのに。今朝はアラームも鳴らなかったのに、なぜか目が覚めてしまったのだ。眠りから醒めるというと、どかっと座っている巨神像がむくっと立ち上がるというのを思い浮かべるのは自分だけだろうか。その無骨だが品のある姿によく見とれていたものだ。実際に目にしたことは無いのだけれど。そういえば、いま、自分も体をむくっと起こす必要に迫られているのではなかろうか。巨神像と同じような境遇にあると思えば少しはその気が湧いてきた。ような湧いてこないような。でも、そろそろ本当にうだうだするのをやめないとあとの自分の首を絞めることになる。それは避けたい。じゃあ、そろそろかしら。さっ、強い意志を持って体を起こしベッドから下りた自分を褒めようではないか。少し誇らしげに家族の前に姿を現した私にこの一言。




「珍しいね。今日はしゅくじ―—」

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