サンドバッグの気持ちで

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 サンドバッグって何を思っているのだろうか。もちろん、サンドバッグは生き物ではないし感情なんて持っていないことは知っているのだけれど。それでも無機物に対してどういう気持ちなのだろうか、と考えることはないだろうか。鉛筆や消しゴムの使われずに捨てられる下の部分。彼らは使われなくて済んだと安堵しているのか、それとも折角なのだから使ってほしいと思っているのだろうか。二段階認証の一段階目はどうせ自分の後ろにもう一つ壁があるし、とでも思っているのだろうか。


 さて少し話が逸れてしまったが、サンドバッグの感情の話だった。彼——彼女かもしれないけど―—は何を思っているのだろうか。殴り続けられる日々。それが仕事。パンチを受け体を揺らしチェーンの音を響かせるのが仕事。右から打たれれば左に流れ、自身の左側を打たれれば右後方へと流される。そんな毎日に何を思うのだろうか。今日はこの選手いつもより若干、力が弱いな。嫌なことでもあったかな、でも昨日は楽しそうに彼女の話してたなぁ。ああ、この新入りは今日は機嫌が悪いや。無駄に力んでる。とか思ってるのだろうか。そうだとしたら中々に良いコーチになれるのではないのだろうか。


 痛いなんて一言も言わずに、愚痴なんて一切漏らさずに殴り続けられる。殴ってくる相手の成長を思って殴られる。相手のために殴られる。殴られる。殴られる。殴られる。おそらく生まれてからずっとそういう暮らしだから何も思わないのだろう。それとも、殴られることにうれしさを感じていたりするのだろうか。うんうん今日も上手に殴ってくれるね。うんうん。なんて思っているのだろうか。いや、マゾヒスト過ぎるだろ、と一瞬思ったが違った。そもそもが擬人化の話をしていたんだった。


 じゃあこれが人間だったらどうなのだろうか。人になぞらえられたものではなく人。殴られ続ける人と聞くと真っ先に思い浮かぶのはDVだろうか。一番身近でもある。これはステレオタイプかもしれないがダメ男に殴られる彼女もしくは妻というのは容易に想像がつく。別に本当の暴力じゃなくても言葉の暴力というのもある。ひたすら罵倒される毎日。ゴミ、死ね、クズ、カス、バカ、使えない、出来損ない、消えろ。こんな言葉を浴びされ続けながらも生きている人。世界のどこかには存在しそうである。もしかしたらお隣さんも、なんてこともあり得る。世界は狭いのだ。


「おい、ぼーっとスマホなんか見んなよ。そんな贅沢品使っていいなんて言ってないだろ。返事!」


「はい」


「あぁ?」


「わん」

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