深夜の工場バイト

 駅から一本入った暗い路地に並ぶ人々。そこに無地のバスが一台。人は皆吸い込まれるかのように消え、連れられてゆく。

 目的地は平たく言ってしまえば工場。彼らは肉体労働のアルバイトなのだ。何をつくっているか彼らは知らないし、教えられない。でも、そんなことはどうでもいい。その日の分の賃金さえ手に入ればそれでいい。実のところ、彼らがベルトコンベアに向き合ってつくっているそれは人の皮膚や臓器のもと。例えば右から2番目のレーンで行われているのは、流れてくる生地を指示通りに重ねる工程。これは基本中の基本の作業だ。左側のレーンほど高度な作業になっているのだ。

 これが臓器ビジネスの最先端。世間に出回っている臓器の中で本当に、というか建前通りにドナーから入手しているのはごく一部。他は反社が違法に奪ったものか、こういったプラントで造られた紛い物。いまやこんな時代になってしまった。移植手術を行う当の医師たちも数年前からのこの異変に気づいていないはずはないのだが、彼らにとってもそれは別にどうでもいいことだった。

 到底ウキウキ感など感じられない、思考を放棄したかにも見えるバスの中。不気味さだけでいけばミステリツアーにも劣らない。繁華街近辺から明後日の方向に10分、大きな工場の駐車場にバスは止まる。その大きな建物は蠢く何かに見える。実際に大きな蟲と説明されても違和感はないほど生命の気配が感じられる。空中写真だと只の灰色の四角にしか見えない工場も、眼前に迎えれば少しは威厳も感じられる。どちらかと言えば、威厳というよりは零落した雰囲気であるが。

 バスの中には明るい夜のラヂオが流れている。まあ、夜なんてのは車内の人には関係ない。だって早朝までの業務なのだから。夜とか朝とかそういう区切りはナンセンスなのだ。暗闇の中ハンドルを左右に切られてもどこに来たかは当然、分からない。夜勤と日勤で実は違う場所に連れられているなんて誰も気づくことはないだろう。工場の中身はテンプレート通りだし。

 ひとまず労働者たちは休憩室に入る。無造作に充てがわれた安全靴。本当は固い何かや大きな何かが落ちてくるなんてことはなくて安全は保証されているのだけれど。そんなことに疑問を持つ者はとうにいない。同じく与えられるエプロンもアルバイトを意味する識別子程度のものだ。作業開始前には連絡がある。労働者たちは現場監督を務める中年の男の周りに弧を描く。響き渡るファンの音。せいぜい彼らに与えているヒントは、ここで言われるこの文句ぐらいなものだろうか。


「では、人のため、社会のためにがんばりましょう」


 労働者たちは惰性で毎回返事をする。

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