エレベーターが落下して

 暗かった場所から解放された。光がまぶしい。


 何の音もせず上蓋が外され僕たちは外に出ることができた。横にいるのはモーラという少年。彼のことは名前しか知らない。彼も多くを語らなかったし、僕も深くは訊かなかった。もちろん僕も自分のことはそんなに話さなかったし、彼も尋ねて来なかった。二人で示し合わせたわけではないけれど、お互いのことを少しでも深く知ってしまったのなら、何かあったときに冷静で居られなくなるだろう、という予測がはたらいていたのだろう。二人とも。


 僕たちは駅ビルのエレベーターに乗っていた。僕は5階の本屋から1階の食品売り場に行こうとしていた。そのときにたまたま乗り合わせたのが、この少年だった。二人きりでエレベーターに乗っているとどんどん加速していき、どこかで地面にぶつかった。不思議とあまり衝撃はなく二人で呆然としていた。そのあとが予想外だった。ドアはすんなりと開き、非常ボタンを押すまでもなく、目の前に男が二人現れて僕たちを担いでいった。まあ、僕は小学四年生でもう一人は僕よりも年下っぽかったから、何ら難しくはなかっただろう。そうして僕たちは運ばれた。あたりは薄暗い駐車場のようなところで天井にはパイプが露わになっていた。それでもあまり埃っぽくはない。そんな場所をそれ以上観察することもなく、僕らは小さな穴のような、立方体のような部屋に入れられた。僕とモーラが互いの名前を教え合っていた時に、男たちは僕らに何か言った。その声は僕には聞き取れなかったがモーラはその声を聞いて反応した。でも、なぜ反応したのかは僕には分からなかった。


 暗い所に目が慣れてきたころ、モーラは泣き出した。でも、すぐに泣き止んだ。お行儀のよい子だな、と思った。僕はお母さんに本を見終わったら1階で買い物してるから探しに来てねと言われていた。いつものことだった。でも、モーラは違うのかもしれない。迷子だったのかもしれないし、間違ってエレベーターに乗ってしまったのかもしれない。そう考えるとこの子は不安じゃないのだろうか。怖くないのだろうか。それとも、もしかして男の言葉を理解して何らかの事情を把握したのだろうか。分からないけれど僕たちは二人で部屋の中に閉じ込められたままだった。


 何時間経ったかは分からない。でも、まだ今日だと思う。本屋に行く前にお母さんと一緒にレストランでお昼ご飯を食べたから、今はいつもなら晩ご飯を食べているくらいの時間だろうか。モーラは別におなかが空いているようには見えない。僕はおなかが空いたのだけれど。


 上蓋が取られたとき僕はうれしかった。モーラはどこか寂しそうだった。僕は男に放り出されるようにエレベーターに戻された。モーラはそっと抱かれて僕とは別のエレベーターに乗せられていった。


 男たちの目には上に戻って行く少年とさらに下の階へと落とされる少年の姿が映っていた。

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