お願い、じゃあね
怖いんだ。怖いんだ。怖いんだ。
僕の先輩にカッターと陰で呼ばれている人がいる。僕がいま大学1年生でその先輩は大学3年生。つまり2コ上。その先輩がカッターと呼ばれているのには理由がある。まあ、そりゃそうか。頭脳明晰で頭が切れるから。違う。いつもチェーンソー片手に大学中の木を剪定しているから。違う。正解はいつも人を切り捨てているから。新しい知り合いや友達、恋人なんかをつくって、ある程度時間が経てばバイバイする。単に連絡を取らなくなったりだとか、捨て台詞を吐いたりだとか、別れのプレゼントをくれるだとかいろんなパターンはあるらしいが、とりあえず、関係を切るらしい。
まあ、そんな先輩と僕は入学後サークルで知り合ったわけだ。最初はもちろん、こんなウワサなんて知らなかった。ただ、別の先輩からあいつ新しく人間関係つくってはすぐ捨てることで有名だから、と告げられた。なんか嫌な感じだな、とはじめはそう忠告してくれた先輩の方を訝しんだわけだが、他の人からも、だからカッターと呼ばれているなんていう話を聞くうちに本当にこの人はそういう人なのではないかと思うようになっていった。それでも、一度知り合ってしまったのだし、僕はわざわざ何かをする気にはならなかった。ただ、普通に先輩と知り合ったというくらいの認識だったし、そういう振る舞いをするだけだった。
先輩もそうだった。特に変なそぶりなんてなかった。サークルはギター同好会だから、基本のコードなんかを教えてもらったり、たまに昼ご飯をおごってもらったり、勉強を教えてもらったり、先輩の手伝いをしたり、そんな感じの日々だった。僕は純粋に先輩のことを慕っていたし、先輩のあだ名のことなんて忘れていた。ただ、周りがあの一年生、続くほうだね、なんて言っているのを聞いて、そうだった、この人は人間関係をつくっては切っていく人なのだったと思い至るくらいだった。それにその言い方から僕と同じ時期に先輩と知り合った人の中には、もう切られた人もいるということも分かった。実際そうだったらしい。
ある日、先輩から呼び出された。待ち合わせはサークルの活動場所でも、いつもの食堂でもなく、駅から少し離れた喫茶店だった。
「——くん、お願いがあるんだけど」その先輩の神妙そうな顔は明らかにいつもとは違った。ああ、ついに、と簡単に思えるくらいの分かりやすさだった。僕はカフェオレを一口飲んで言葉を返した。
「はい」
「もう、僕と会うのはやめにしてほしい」やっぱり、僕もついに切られたってわけだ。でも、納得がいかない。別に最近なにか諍いがあったわけでもない。どちらかといえば相性はいい方だったと思う。
「なんでですか」僕は少し食い下がることにした。まあ、満足な返事が得られる気はしていなかったが。だって、こうやって尋ねた人も今までに居ただろう。それでもカッターがカットする理由というのは聞いたことが無い。みな、はぐらかされてきたのだろう。と思っていたら、
「あのね、怖いんだ。きみを失うのが」まとまった言葉が先輩の口からこぼれた。
「えっと」回答が来るとも思っていなかったのに、予想外の内容に驚いた。
「矛盾してませんか」いつのまにか単純な疑問を口に出してしまっていた。
「違うよ、きみを失いたくないから、失う前にきみを切るんだ。じゃあね」
暗い声が冷めたコーヒーに溶けていった。
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