青年が借りてく本は

 地方の市立図書館で司書をやっている。開館から閉館まで基本カウンターに座っている。主な業務は貸出と返却の手続き。たまに、農業の専門書ってありますか、とか、自由研究で火山を調べたいんですけど、とか言われて本を探すお手伝いをすることはある。でも、やっぱり毎日


 返却お願いします―—はい、返却は完了しました もしくは

 貸出おねがいします―—はい、返却日は○月○日です の二種類しかない。


 それでも楽しみはある。楽しみというか必然的に興味が湧く。この人は最近、こういうことに興味を持っているのだな、とやっぱり考えてしまうのだ。

 

 例えば、このおじいさん。いつも園芸の本を借りていく。通年使える本を繰り返し借りつつ、夏の家庭菜園みたいな本をそのときどきで借りるのが定番だ。おそらく夫婦で来館していると思われ、おばあさんの方は大抵手芸の本を借りていく。でも、最近は鉛筆画にもはまっているようで、デッサンというワードが書名に入ってる本をよく借りていく。


 こんな感じで常連さん―—別に図書館は客商売ではないけれど――のことは段々と詳しくなってくる。そして水曜の夕方と言うにはまだ早いこの時間に彼は姿を現す。


 ほら、来た。気だるげな顔。食生活が気になる瘦せ型の長身、サイズの合っていないリュックサック。ちゃんと返却のときは返却でお願いします、と補足してくれる。この二文字のおかげで複数冊の返却時に「全てご返却でよろしいですか」と訊かなくてよくなるのだから、まったくこっちの気持ちがよく分かっているものだ。


 そして、この青年——おそらく大学生——のことを覚えている所以はこの律儀さだけではない。いつも借りていく本が独特なのだ。例えば今回なら、「一から始める韓国語」と「簡単上達中国語」の2冊を返しに来た。今まで、ロシア語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語を借りていったことはあった気がするから、前回この二つのアジアの言語を借りたのは合点がいく。まだ、アジアの言語はそんなに借りてないはずだ。まあ、私以外が貸し出し手続きをしていたら分からないけれど。


 なんて彼のことを考えながらカウンターで作業をしていたら、話しかけられた。私が彼のことを考えているのがバレたかと思って焦ったがそんなことはなかった。


「フィリピン語が勉強できる本ってありますかね」

「外国語のコーナーは、、、」

「探したんですけど見当たらなかったんです」

「ああ、いま、確認しますね。ええと、フィリピン語の本は貸出中なんですけど、タガログ語についての本ならありますね。その二つの言語は基本的に同じものを指すので、よければご案内しましょうか」

「ぜひお願いします。とりあえず中身を確認したいです」


「こちらですね、あっ、でもこれ館内のみですね。貸し出しは、、、」

「大丈夫です。少し調べたいだけなので」


パラパラとページをめくる青年。そしてノートに何か書き加えている。


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中国語:我爱你。

タガログ語:

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