人がいない

 一人暮らしを始めた。炊飯器は買った。電子レンジも買った。テレビは買ってない。スマホは契約が切れた。コンビニは駅前にしかない。スーパーもそんなに近くないし、自転車で行くのだから2週間分くらい買ってくることが多い。大学には行っても行かなくてもいい。だから、わざわざ行きはしないし単位を取る上で不利になることはない。まあ、友達をつくったり、みんなで一緒にご飯を食べたりということは無くなるわけだが。そんな型通りの青春を楽しむほど活力に満ちてはいなかった。

 じゃあ、型破りな青春を楽しんでいるのか。他の青春を楽しんでいるのか。答えはノーだ。というか、こうやって夜中に電気も付けず六畳間で瞑想をしているような人に青春を楽しもうという心意気があるとは思えない。ただ、昔かすかにあったのかもしれない、そこに置き去りにしてしまったのかもしれない青春のような何かに思いを馳せるので精いっぱいだ。そうなんだ。

 でも、たまに外に出た方がいいのかな、と思う時がある。本当に必要最低限に抑えるなら二週間に一度、月2回くらいでいいのだが、心のどこかで心配になるようで、結局、週一でジョギングをしている。そんなに速く走るわけではないのだが、大通りは避けて走りやすくて安全なコースを選んでいる。閑静な住宅街の横を行くようなルートだ。じゃあ、そろそろ。太陽が嫌いなわけではないが、燦々と照り輝いてるときに外に出たら気分が悪くなってしまいそうで、夜のジョギングになるのがお決まりだ。

 小さな虫が飛んでいる。アパートの階段を降りて左に曲がる。あとはこのまま真っすぐ。何も考えなくてもどん突きに当たるからそこでUターンすれば帰って来れる。均等に並んだ街灯。規則正しく青と赤を繰り返す歩行者用信号機。少し息が上がって来たけど、今日は調子がいい気がする。それに珍しく追い風。ペースも自然と少し上がっているようだ。

 どん突き。条件反射的にさっと向きを変えてまた進みだす。さっきまで来た道。リズムよく響く足音と呼吸音が何よりものBGMだ。そしてまた追い風。逆を向いても向かい風という場合は多いけど、このパターンは奇妙な感じだ。珍しい。にしてもホントに人がいない。まあ、車がいないのは分かる気もする。今は帰宅にしては中途半端な時間だし。でも、犬の散歩とか自転車に乗った学生とかがいてもいいようなものだ。


ぬぅっ


お い か ぜ ?


 もっと力強い何かで押された感覚。もっと形あるものに背中を触られた感覚。

 怖いながらも後ろを振り向くと、そこには体に人をたくさん貼り付けた黒い塊があった。その黒さと質感、何より人が無造作にくっついている状態。大きな磁石を思わせるこの物体を近くで見たらどんな感じなのだろうか。この思いはすぐに叶えられた。あばら骨が折れた感覚がする。

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