なんだ僕か

 今日も今日とて散歩中。ぴりっと張り詰めた空気の朝の散歩。喧騒と穏やかさが同居する昼の散歩。オレンジ色の良さが分かる夕方の散歩。どこかオシャレで優越感と高級感のある夜の散歩。人を哀愁に浸らせてくれる自暴自棄な散歩。僕はこのどれもが大好きだが、今日の舞台は都会の端の方のお昼時だ。今はお昼休みが始まる少し前。段々と人通りが増えてきた。水曜日は講義が一つも無い日。だから、こうやって真っ昼間を挟んで好きに街を歩いていられる。

 いろんな人に揉まれながら、周りの人が何を考えているのかなんてことを考えながら、大衆をも環境の一部として楽しんでしまう散歩も僕はやっぱり好きだ。それでも今日は少し妙だ。自分に対して奇異以外の視線を感じる。いつもこんな時間に対して身なりもパッとしない男子大学生と思しきやつが一人で何ふらついてやがる。邪魔なだけだ。というような視線は往々に感じるが、今日は大通りに入ったころから変な視線を感じる。奇異というよりは僕を怪しむような感じの。怪訝、そうだこの二文字がぴったり来る。でも僕は別に不審な動きをしているわけじゃない。散歩していると分かる感じではあるから、怪訝とまではいかなくてもよいはずだ。かっこよくはないもののボロボロの身なりをしているでもない。それでも正体を突き詰めようというような空気を背後に確かに感じる。交差点が近づいてきたから仕掛けるとするか。


 限定ショコラドリンクを飲もうとたまたま思い立っていつもより家を早めに出た。それを昼ご飯代わりに飲んだ後、3限の授業を受けるつもりだった。それで不慣れな道を歩いていると、見たことのない男、それでいて非常に既視感のある男を人ごみのなかに見つけた。僕はその男を見失わないように必死に人の間を縫っていった。お目当てのものはどうせ3、4限を受けた後でも遅めのおやつくらいの時間だから帰りに飲むことにして、ひとまず不気味な男を追うことに集中する。その男はふらふらと歩くものだから追っている方も大変だった。おそらく傍から見れば僕も目的のなさそうにふらついている人なのだろうけど。飲食店街も終わりかけとなってきたところから男が背後を気にしている素振りを見せ始めた。別に僕も法を犯すようなことをしているわけではないのだから、警戒する必要はないのだけれど少し身構えてしまう。 

 しまった、見失った。交差点の人ごみの中で男の姿は消えてしまった。ん、あれか。あれか。よかった。見失ってなかった。かと思うとあちらからこちらに近づいてきた。ちょうど信号も青になったから男は器用に前に歩きながら僕の方にじわじわと移動してくる。僕も周りに合わせて前に進むが男の顔がはっきり認識できるまで近づかれた。横断歩道を渡り切ったところだった。


 あっ、僕じゃないか。 そうか、自分に似た人を見つけて追って来ていたのか。

 あっ、僕じゃないか。 そうか、自分だから既視感があったのか。



 信号待ちの人々の中で、同じ背格好の男二人が声を合わせて言っている。そこに少し遅れてもう一つ声が重なった。



 なんだ、二人とも僕だったのか。だから、今も息ぴったりなんだ。追いかけっこしてる面白い二人がいると思ったんだけどなぁ。

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