今にある昔を求めて
はて、一体どうして私はこれほどの田舎までやって来たのであろうか。緑に囲まれた道を歩きすぎたがためについにこの頭まで狂ってしまったのだろうか。思い出せぬ。判然としない思いを抱えつつ、とりあえず顔を上げ歩くことにする。大して頭も働かぬなか、もう幾度と見上げたか分からない太陽を見た。ああ、思い出した、思い出した。そうであった、或る女に会いに来たのであった。もう当分、顔も見ておらぬし、声も聞いておらぬあの方を求めて私はやってきたのだった。
思い出すのはいとも容易い。妖艶な緑の髪、他のものより頭一つ抜けた背丈。猫が人に化けたかのような甘い声。まあ、私の知らぬうちに何もかも変わってしまったかもしれないし、その逆かもしれぬ。ただ一つ分かっているのは、あの人の記憶なぞ私の中ではほんの
まず、あの方がこの土地にいるかどうかも怪しい。何にせよ、あの方の郷里はここではない故、いまもこの場所にいるという確信は欠片ほどもないのだ。このことは百も承知である。だから、言ってしまえば、居るとも居ないともつかぬのに遠くから私が足を運んでしまうほどの魅力があの方にはあるということだ。まあ、それ以外にこのような長旅を思い立たのには私個人の事情もあるのだが語るほどのものでもないし、面白くもない。一応、簡単に言うてしまえば終わりも見えてきたから、この世に悔いは残したくないと思ったからということである。思い立って家を出たときから何度もあの方のお姿を瞼に思い浮かべた。着飾ってはいないものの蝶が舞うように優雅であった身のこなしなどは、全く古びず、輝きを保っていた。如何に美しいものを見ても心の中に在るお姿と比べてしまえば塵に等しかった。おいしいものを食べたときも、あの方と食べたらもっとおいしかろう、そう思うのが常であった。
こうやって考えてみると、あの方が私の前からいなくなってからの方が、いや、私があの方の前からいなくなってからの方が、私の中にいるお姿は大きくなっていったような気がする。いつまでも恥ずかしいことである。日頃なら暗い寝床で考えるようなことを汗を流して歩きつつ思い浮かべていると、辺りが開けてきた。村である。家々がいびつな弧を描いて並んでおる。それらに目を奪われて少ししたとき、道の脇に切りそろえられた石と花を見つけた。その花の種類を見て、私は深く礼をして帰った。
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