腕に抱えて犬のお散歩
私の飼い主は薄気味悪い。おっと、はじめからこんなにアクセル全開でいくのはどうなのかって、確かにそうだね。順を追って話そうかな。まず私は犬。名前はディジェ。シーズーで、毛色はゴールドアンドブラック。さっき飼い主と言ったけれど、私は小学生と中学生の男の子の兄弟がいる家庭に飼われている。結局、主にお世話してくれるのはお母さんだ。やっぱり一番家にいる時間が長いからだろう。僕とよく遊んでくれるのも、散歩に連れ出してくれるのも彼女だ。僕にディジェという名前をくれたのも彼女。そして、薄気味悪いのも彼女ということになる。
キーポイントは散歩。彼女はいつも散歩のときに私を抱きかかえて歩くのだ。だから、実質私にとっては散歩でもなんでもない。私がこの家に迎えられてから、三日目のことだった。この子を散歩に連れて行こうとなったけど、男三人は外に出るのを面倒くさがって、彼女が行くことになったのだった。
彼女は私を腕に抱えたまま玄関を出ると「今日は近くの公園まで行って、ぐるっと一周して帰ろうね」と私に話しかけたから、ああ、公園で遊ばしてくれるのかな、なんて思った。交通量が激しくて歩道は歩かせられない、なんて配慮があるのかな、なんて考えた。でも、辺りは閑静な住宅地。微妙な時間帯だったから歩行者さえいなかった。その事実を彼女は元から知っていたはずだけど、私を抱えたまま公園までたどり着いた。やっと遊べると思った私は体をじたばたさせたが、お構いなしに彼女はベンチに座り、自分の膝の上に私を乗せたままのん気に水筒でお茶を飲んでいる。体を激しく動かすと彼女はぎゅっと私を抱きかかえなおした。数十秒もしないうちに私は抵抗するだけ無駄だと感じた。このときから私の散歩は抱えて歩かれるものと決定したのだった。
そんな散歩の様子を偶然見かけた弟が母親に聞いた。
なんで、散歩なのに、ママが持ってるの。
ディジェは歩くのが苦手みたいなの。でも、お外には行きたいじゃない。だから。でも、お家の中では走り回ってるよ。
お家で遊ぶくらいの元気はあるみたいね。
私は横で聞きながら違和感を抱いたけど、とりあえず、弟くんに飛びつくことにした。そしたら、彼は笑って撫でてくれた。
また別の時は兄の方が母親に訪ねていた。
ママ、どうして、ディジェに歩かせてやらないの。おかしいよ。
最初の日は歩かせてみたんだけど、うまく歩いてくれなくてね。多分、外がまだ怖いのよ。だから慣れてくれたら、一緒に歩いてあげてね。
そういうことか。まあ、気が向いたらね。
そんな事実はまったくなかったと記憶しているけど、もう、どうでもいい気がしてきた。
そして、最近、妻は夫の質問にも答えていた。
お前、どうして散歩のとき歩かせてやらないんだ。かわいそうだろう。
退化して、歩けなくなってしまった姿が見たいのよ。それだけ。
ああ、お前らしいよ。
自分で服を着ることも、ご飯を食べることも、ままならなくなってしまった夫が納得している。
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