はやく、その眼鏡外した方がいいよ

 いやだこんな世界。反吐が出る。見てみろよ周りの奴らを。どいつもこいつも頭の中身は空っぽそうだ。別に僕が優秀だとか、自分だけ特別だとかは言わない。それでも、この世界は歪んでる。それくらいの文句は言わせてほしい。まあ、こんなことを話せるような友達や知り合いなどいないし、そもそも、そんな相手がいればこんな捻くれた思想には陥らないであろう。いやになるけど、僕の肺はこの世界の空気を元気に吸い込んでしまうし、心臓は休まずに血液を循環させてくれる。あー、ありがたい話この上ない。

 でも、最近こんな腐り切った僕にも話しかけてくれる奴——いや、奴呼びは失礼か――が現れてくれた。ばっちりと気が合うとか、共通の話題があるとかいうわけではない。ただ、寒い、とか、眠いとか言い合うだけだ。それでも僕にはそんな相手が新鮮だったし、何より自分の感情を吐露する場所がネットの海以外にできたのは、自分でも意外だったがうれしかった。彼もどちらかと言えば寡黙なタイプで会話が無くても耐えれるというか、その静けさもまた心地よいとする人だった。そんな彼が語気を少しだけ、でも確実に強めるときがある。それは決まって僕の眼鏡について言及するときだ。


はやく、その眼鏡外した方がいいよ。


 大抵この言葉は会話のピリオドとなって虚空に消えていく。彼は僕に興味なんてないと思っていたから、初めて彼からこの言葉を聞いたときは少し驚いた。確かに僕は眼鏡をかけていて割とこだわりも持っている。幼少期から目が悪かったものだから、家には歴代の眼鏡が置いてある。最近は下側のふちが無いのがお気に入りだ。色は黒か灰か紫。落ち着きの中に反骨心が見え隠れしているようなデザインが好きだけど、そんなもの中々見つからない。僕がこういった講釈を垂れようとしたときには既に彼の姿はないのだから、僕の眼鏡について口論になったなんてことはない。ただ、僕としては珍しくよく話す友人ができたものだから、このまま何もこの話題に触れないというのは嫌なのだけれど、自ら否定されにいくこともないかという思いは割と存在感がある。


 そんな僕もある日、決心をした。そう、ここまでは在りし日の昔話。

 それは、彼の定型文に「いい加減」というフレーズが追加された時だった。舞台は放課後の教室。帰り支度の遅い人だけがまばらに残っていた。さすがに僕は黙っていられなくて、その言い方は何。と静かに言葉を返した。

「だから、いい加減、その眼鏡をかけるのをやめたらどうなんだい?って言ってるんだよ。僕は、君に。」

「僕の外見なんて君には関係ないだろう。それに僕はこの眼鏡がお気に入りなんだ。」

「その通りだよ。僕は君の外見なんかにこれっぽちも興味は無いよ。ただ、その曇りガラスのような加工のされたレンズの眼鏡とはいい加減、おさらばしようよ、って言ってんの。」

僕はわけも分からず、眼鏡を外してレンズを確かめた。

「どうだい、いま見えてる世界は。まだ、捨てたもんでもないだろう。」

ドアから出ていく彼の姿はぼやけていて、それでいて鮮明だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る