アルコールに後押しされて

 神崎と名乗った女性が今日もうちのバーに来てくれた。彼女は服飾に勤務しているから服装がいつもおしゃれだ。トレンドを着て歩いている感じ。それでも彼女のコーディネートだとピンとくる感じ。初めて来店したのはたしか三か月くらい前だろうか。そのときは、パリッとスーツできまった山本さんと一緒だった。まあ、今晩も一緒なのだが。いつもこの二人は日を跨ぐか跨がないかといったころに来る。どうも二人とも仕事終わりに近くの駅で落ち合っているらしい。

 今晩、唯一違うのは神崎が山本の腕をひいて扉を開けたということだ。重めの扉を少し難儀そうに押し開けながら、山本をそのまま店に押し込む神崎。この時間になると、常連たちはあらかた帰っているというのを知っているからであろうが、どこか振る舞いが雑だ。周囲への配慮がとんと見受けられない。

 西園寺さーん、甘くないカクテルと水、お願いしまーす。

 神崎はマスターの西園寺の案内なんて待たずにカウンターの右から6番目に座る。山本を自分の右側に座らせる。それを見ながら西園寺は察する。

 どうも、二人は通りの居酒屋で割としっかり飲んできたらしい。その証拠にアルコールに弱い山本はもうつぶれているし、比較的強い神崎さんも少しだけ顔が赤くなっている。それに語尾が伸ばし調子だ。そんなことを考えながら注文通りの品を出す。ノック・アウト。山本さんの方はやっと自分の力で体を動かしてグラスに手を伸ばす。飲んでいるのはただの水の氷割りなのだが、おいしそうに飲んでくださる。一方、神崎さんはやっぱりミントはいいねぇ、なんて言いながら飲み干す勢いだ。

 でね、山本さん。

 はっ、はい。

 私が何をしてほしいか、分かりますか。

 ちょっと、酒が回ってて頭が回らないよ。マスター、水。

 山本さん、それ、既に水です。はやく、あなたに目を覚ましてほしいんです。

 え、起きてるよ。ほら。

 山本は手を神崎の前で振って見せる。カウンターの奥のマスターはあまりにも早い、それ水ドッキリのネタバラシにどこかがっかりしているようにも見える。

 私が、あなたに何を求めてるかってことですよ、山本さん。

 え、お金じゃないの。

 本当に頭が回っていないようだ。まあ、この男が持っている金が少なくないのは事実だが。

 お金もですけど。

 こちらもだいぶやられている。

 山本さん、前、私のこと、リアリストだって言ってましたよね。

 ああ、言ったね。きみのいい所だとも言った。

 そうですけど、私、どちらかといえば夢見がちなタイプじゃないですけど。

 うん。

 ゼロってわけじゃないんですよ。

 神崎が椅子から下りてさっと立ち上がる。グラスはいつの間にか空だ。それに合わせて山本が立ち上がる。

 たまには、私もありきたりな言葉を―—

 神崎さん、ずっと僕と一緒に居てほしい。

 低い男の声が木目調の店内に響く。

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