一緒に歩く夜道

 夜風が心地よい。髪をなでてくれる。夏だから着てるのは適当なTシャツ。あらわになった首元が涼しさを私に直に感じさせる。ふと空を見上げるとそこにはわずかな雲すら見えない。月もきれいな夜の一員となるのに疲れたのか、どこか落ち着いている。僕に輝きなんて求めないでくれ、そう言っているようにも思える。それに、夜中2時にだれもいない田舎の道を、街灯がたまに現れる道を、畑を抜けると神社にたどり着くこの道を一人歩いている私を見守ってくれているようにも思える。心の中できみも共犯者だよなんて思いながら、もう一度見上げる。

 なんでこんなところに出てきたかって。少しは冷えた空気を浴びたかったから、少しふらっと、なんて洒脱な理由だったらよかったのだけれど決してそんなことはなかった。もっと俗物的で浅はかで笑って片付けたくなっちゃうような理由だった。電話に出るためだった。彼からの深夜の電話。日付が変わったくらいに突然かかって来た。そろそろ眠ろうかと思っていたころだったけれど、声が聞きたくなって、というか、出ない理由なんて私にはなかった。深夜にこんなボロアパートで電話をするのは憚られた。それで、私は適当な服を見繕って、サンダルをつっかけて外に出た。ドアを開けた。はじめはさすがに夏とはいえ夜は冷える、そう思ったけれど彼と話しているうちに体が熱くなってきたから問題はなかった。本当に笑ってしまう。

 珍しいな。こんな気持ちでどこか軽い気持ちで、甘さとうわついた心が混ざったままにスマホを手に取ったのは私だけだったみたいだ。彼の声はいつも通り温かくて、その言葉だけが冷たかった。短く切られる言葉。聞くことしかできない私。謝られてもどうにもできないや、そんな声を聞いてしまったらどうにもできないや、頭に思い浮かんだこんな言葉たちは彼に告げられることもなく、ただ私の脳内ではじけて消えていった。段々と炭酸がただの甘い液体に変わっていくように。いつものくせで、またね、と言った私に彼は何も言わなかった。彼は初めて自分から電話を切った。

 静かな夜に私は取り残された。なんとなく歩いていたら割と遠くまで来てしまったようだ。周りは見たことのあるような無いような景色。どこか滲んで見える景色。後ろを向いてそのまま歩けば家に帰れる。そんなことは知っていたけど、私はもっと遠いところまでいくことにした。このまま、家に帰って急に現実に戻されるのは嫌だった。

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