金が要りよう

 金貸しはするけど、人さらいはしない。

 殺しもしない。麻薬は売るけど、臓器は売らない。


 俺の勝手な信条だがボスはこれを認めてくれている。ありがたいことだ。当たり前だがボスはこの組の頭。実際に手を下すなんてことはもうない。50過ぎという噂だ。かつてボスが現場で鳴らしていた抗争は全部、皆殺しに終わったらしい。今では、大きな仕事のときに出てきたり、電話でどすを利かせたりするくらいだ。ボスがボスになってから、この組はずいぶんと働きやすくなった。例えば、飛ばしの携帯が全員に配られた。まあ、これは温情というよりは足がつかないように統制をとるというボスの抜け目なさの表れでもある。それでもプライベートの携帯をホワイトな状態に保てるのはありがたい。有望な部下も大勢いる。俺もその部下の側近くらいの地位にはなった。何もできない16の俺をボスは拾って育ててくれた。今じゃ26の俺には恋人もいる。


 恋人は俺の一目惚れだった。一緒にいて落ち着く。俺の仕事についても深くは聞いてこなかった。ただ、俺が仕事に行くときには無事に帰ってきてね、と言うだけだ。でも、最近からだを壊しちまった。俺がまだまだだから、いっぱしの生活ができていないのだ。診てもらったところ、来週には手術が決まった。手術以外に方法はないらしい。だから、まとまった金が要る。信条を曲げる。仕方ない。俺のちんけなプライドよりあいつが何倍も大事だ。なんとも身勝手な話だが、ボスにまとまった金が要りようなんでいつもと違う仕事ありませんか、と言ったら何も聞かずに、お前のやりたがらない攫いなら一週間あとぐらいにある。具体的な日取りはまだ決まってないが、と言われた。俺は礼の言葉を言ってすぐさま引き受けた。ボスには感謝しかない。これを今までの貯金と合わせれば何とかなる。



 それでも、初めての種類の仕事だからということで、俺は運転手になった。対象は若い女。この女に今日、男が金を持ってくるという話らしい。うちの組の情報筋は有能だとボスが前に誇っていた。詳しくは誰も知らない。流れを頭に入れなおす。実行役が本人を家から待ち合わせ場所まで連れてくる。そこを俺は車で拾ってボスのいる事務所まで連れていく。この事務所にはボスが電話で呼びつけた相手、つまり、今回なら女に金を持ってくるはずだった男がすでに居ることになっている。簡単に言えば女を人質にして金を要求するということだ。ちょうど実行役の車が来た。俺はでかい袋を抱えた実行役を後部座席に乗せる。ちなみに車を変えるのは事務所に出入りする車を限定するためだ。


 運転をしていると電話が鳴った。ボスの落ち着いた声。手筈通りにいったかということだったから、順調です、と答えた。車を走らせていると、また電話が鳴った。着信音が違う。ボスのどすの利いた声。


「お前の女を攫っている。返して欲しければお前が持ってくるはずの金、全部持ってこい。」

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