二人の話

 これは二人の話の寄せ集めである。一人は峯田みねたけいという高校生男子である。


 「けいー、さっさと起きちゃいな。もう、朝ごはんもできてるし」

 「うんー」ドタドタドタッ。規則的なリズムで階段が鳴る。もう出ていくところの父親が、明日からテストだろとか言っている。うん、という慶の返事は閉められたドアに遮られた。

 「おはよ」交差点で宇治山にあった。中学のときにはよく話した。高校は分かれちゃったけど、たまに会うと立ち話をする。まあ、自転車だけど。僕よりちょっと遠い高校に通う宇治山はこぐスピードが速い。

 学校に着くころには暑い。夏がいつもよりはやい。そんなことなんか関係なそうな涼しい顔で2コ上の先輩、春島が慶に声を掛ける。

 「どうだ、バスケ部には慣れてきたか?まあ、峯田っていう一年が覚えが早いってみんな言ってるよ」慶は否定しつつも、嬉しそうにお礼を言う。

 その様子を見ていたのか教室に入ると竹屋さんが話しかけてきた。

 「峯田君さぁ、春島先輩と仲いいの~?部活は違うよね?へぇー、中学が一緒なの!かっこいいよね、テニス部の王子。それでさぁ、先輩ってさぁ一年の時に―—」

 これがいつまで続くのかと思ったら智哉が助け舟を出してくれた。

 「けいー、早く英語の課題教えてよ。英語は得意なんだろ。けいー」いま行くなんて言ってそっちへ歩いていく。第何文型かなんて気にしねぇよなどという文句を受け流しながら慶は教え始める。

 チャイム。

 「ほら、朝礼始めるぞ。話が微妙に面白くないと評判の菱村先生が話し始めた。

 明日から考査が始まるな。とりあえず、今日は自習も多いと思うがさっと帰って家で勉強しろよ。最初がかんじんだからな。かんじんというのは今は、『肝心』と書くことが多いが、昔は『肝腎』だったんだ。これは――黒板を使いながら、生物の先生らしく話が脱線していく。興味のなさそうな顔をしていたのか、急に当てられた。

 「ほら、峯田、肝臓の働きを言ってみろ」ええと、肝臓はビールを消化します。さらにワインも、、、。先生の話がより長くなったことは言うまでもない。

 1時間目、3時間目、同様、4時間目も自習だった。もう数学の問題集には飽きた。そんな慶に隣の席の新井さんが話しかけてきた。

 「峯田くん、明日のさ、古典って伊勢物語の習ったとこ全部範囲だったっけ?」

 「えっとね、伊勢物語は、えっと、あの、橋の名前に関する部分までが入るっていうことだったと思う」分かりやすく、慶はドキドキしていた。でも、頼られたことが嬉しかった。

 5限を終えて慶は家に帰った。そういえば、6限は今日は無かった。先生たちが考査の準備で忙しいらしい。ドアを開ける灰色の人間が立っていた。慶はそれを凝視した。それは母親になった。

「けい、お帰り。いつもより早いのよね。」えっ、お母さん?

「せっかく早く帰ってきたんだし、勉強しろよ。」お父さんになっている。

「こっちはまだテストじゃないんだぜ」宇治山。

「峯田、3年はテストが難しいんだよ、大変だ。」春島先輩。

「峯田君、英語できるんだぁ~。意外~。」竹屋さん。

「ほら、単語のいい覚え方ないのかよ、けいー」これは智哉。

「で、腎臓の方の働きは何なんだ。峯田、こっちも答えろ。」菱村先生。

「漢詩って今回範囲だったっけ、ねぇ、峯田くん?」目の前で新井さんが首をかしげてこっちを見ている。かわいいけど。

 呆気に取られている慶の目の前の少女はあっという間に灰色になった。


「きみの周りの人はみんなボクだよ」

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