かげ語り

 久々に山に入った。カサカサと少しだけ音を立てて落ち葉が数枚動く。真っ暗になるちょっと前の時刻。カラスの声が遠くから聞こえる。慣れた道だけど少し怖い。一帯には墓地がある。少し大きな山だが、わざわざ「登る」とは言わない。


 人がいる。黒に限りなくちかい深い緑色。遠くからでもその存在感を感じる。どうやら、かがんでいるらしい。何をしているんだろう。歩いていて一休みといった感じでもないし、あまり動かない。音もしない。別に山菜が採れるわけでも、タケノコが生えているわけでもない。落ち葉が積もっているただの山だ。段々と近づいていく。挨拶をするかどうか迷う。言うならこんばんはだろう。と思ったら人じゃなかった。木の下の方でシダ植物っぽい植物がしだれているだけだった。特徴的な葉っぱの影が人に見えたのだ。ちょうど腰をかがめた老年の男みたいに見えたのだ。なんだそれだけか、とがっかりしないこともない。


 道に沿って前へ進む。しだいに山の深い所までやってきた。ほぼ暮れかけた日がうっすらとグラデーションをつくる。


 遠くの木と木のあいだに少女が立っている。この子も黒い。こちらを見ているような気がする。相変わらず音は風の音がわずかにするだけ。風に呼応するように、身体を前後に揺らしている。少し背が高いほうだろうか。おかっぱがよく似合っている。でも、そんなところに挟まるようにして佇む意味がない。よほどの変わり者なのだろうか。もし自分がそんなところにいくならどんな理由があるだろうか。そこに何かを見つけたから、昔そこに置いた大切なものを採りにきたから。そこが何かの思い出の場所だから。あまりどれもピンとこなかった。彼女はそういった意思があるようには思えない。そう思っていると、割と強い風が前触れもなく吹いた。彼女の身体はしなった。もしやと思ってある程度まで近づくとそこに彼女はいなかった。跡形もなく消えていた。驚いたが木のところまでいけば当たり前だった。やっぱり木の影だった。本当に日が落ちたので影は消えた。


 少し歩いただけでリアルな影に立て続けに遭うと、影に過敏になる。もう日は暮れきったから影ができることはない。どんどんと影が、ときに陰が、人間に見えては、その仮の姿を失っていく。少し怖さを感じだす。ついつい、

「かげばっかりで怖いな」と口に出していた。独り言だ。

「かげの君が怖がってどうするんだよ」と後ろから聞こえた。自分の姿がすぐ前に見える。

「怖いんでしょ。だから君は、僕の影になったの。交代だよ。ね。じゃあね。明日、僕に日が当たったらよろしく。影は影らしくね。」

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