一堂に会す

 梅雨入り前の土曜。朝10時。副都心の駅前。

 早乙女さおとめコタは黒のスーツ姿だった。まだまだ若いと感じさせる容姿。せっかくの休日なのに出勤。後輩二人だと手のつけれないアクシデントが起きたんだから仕方ない。別に恋人もいない。ただ、呼ばれたから出ていくだけ、他にやることもやらないといけないこともない。

 なんとなく外に出たくて花小井はなおいかんなは、よそいきに着替えてここまで歩いてきた。特に目的はない。どこかのお姫様みたいな格好になっている。人目をひく理由は彼女の表情にもあるのだろう。何も考えていないようで何かを考えていそうだ。

 鵜園うその奈央なおはバスでこの駅まで来ていた。足は悪いがまだまだ歩ける。演劇を見に来たのだ。今日の演目は「パーフェクトシャッフル#7」昔から演劇は好きだったが、60を過ぎて最近この劇団の脚本にはまっている。

 鳥ノとりのき直丈なおたけは日課の散歩中だ。いつもこの駅の喧騒を感じだしたら家に戻る。今日はなんとなく気分がいいので、すこしぼーっとして行き交う人を眺めている。彼は古びた帽子をかぶり、最近孫がくれた新しいステッキを片手に持っている。

 コルサイド・ウモはこの街に引っ越してきて一週間。ようやく、自分の家の周りに慣れてきたと思ったら今日は駅まで連れてこられた。そして、ウモは母親とはぐれた。今日は父親がいないため母は少し不安を感じていた。私がウモを連れて移動できるだろうか、と。そうすると案の定はぐれてしまった。ちなみに彼女はもう改札を通ってしまった。


風が吹いた。

なんてことない風だった。

それでいて、この日を思い返すときにはいつも頭の中に吹いた。

ちょうどストーンヘッジの石とモアイの間の大きさぐらいで、黒とピンクのマーブル柄の大木の幹だけが落ちてきた。


 早乙女はそれを一瞥しただけだった。強烈なツートンのデザインを見て、騒いでいた後輩たちの言葉が思い出される。パソコンの画面が緋色に染まって黄色の正七角形が浮かび上がってきましたと言っていた。人が疲れるとろくなことが起きない。彼は緋色だか朱色だか、別にどうでもよかった。花小井は持ってきた2番目にお気に入りの日傘を木のうろに入れてみる。何も起きない。細い傘と細い腕が太い幹がなすコントラスト。その様子を見たコルサイドは飛び跳ねて駆け寄り、さらに大きな声を出した。きれいな傘だね!子どもに慣れないのか花小井は驚いていたが、その大声で彼の母親は息子の存在を感知した。鵜園は木の位置からは離れていたが、大声でそちらに意識をやった。まだ時間はあると思って声の方へさっと歩き出す。その同年代らしくない軽い身のこなしに、鳥木はなぜか懐かしさを覚えた。大きな幹を見て彼は大木より孟宗竹の方が使い勝手が良いなんてお門違いなことを思った。

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