心痛薬
みなさんは心痛薬というのをご存じだろうか。頭痛がしたら頭痛薬を飲む。では、心が痛んだら。そう、飲むのは心痛薬。悲しいことがあってもこれを飲めば悲しくなくなる。法に触れるようなものではないので、ご安心を。コンビニに売ってるの見たことありませんか。なければ、今度探してみてください。でも、安いものではないですし、何よりそんなに数が出回ってません。本当に必要な時に巡り合えるかもしれませんね。
原料を教えろ、ですか。まあ、いいですけど。ほぼ、ただのビタミン剤ですけど、不思議な水が含まれています。でも水は表記しなくていいので載っていませんが。そういえば、さっき、「本当に必要な時」と言いましたが、それは薬に頼りたくなるくらいの、薬で消してしまいたくなるくらいの悲しみを味わったときという意味です。言いようもない無力感に襲われるといったような。事実は小説よりも奇なりというのを嫌な形で実感してしまうというような。こういうときの人の目というのはうつろなものです。生が宿っていない。何も見ていない。
そんなときが開発部の出番だったみたいです。そういう人たちを喫茶店にでも誘って話を少し聞く。そして弊社に立ち寄ってくださいと言って開発センターまで連れていく。そこでとことん話を聞く。相手はしだいに泣き出す。延々と泣く。それでもいつかは泣き止む。また来てもいいですよ、いつでもお待ちしております。と一応言うのですけど、再び訪れる方はほとんどいないらしいです。帰っていくときも無表情で帰っていくという話です。察しのいい方ならお分かりでしょうけど、うちの研究員は涙を集めているんですね。そして、それを主成分にする。こうしてできたのが心痛薬。悲しみを消すというよりは感情を消すといった感じの効果なんですけどね。
でも、これ、ジレンマが起きたんですね。この薬が効果を発揮すればするほど、薬が売れれば売れるほど、涙の採取が難しくなるんですよね。まあ、当然の結果といえばその通りですが、稼ぎ頭になりつつあったので会社の方も売り続けたい。そこで、製造は第2フェーズに入りました。人々に絶望してもらうことにしたんですね。この頃からですよ、社会がほころび始めたのは。うちの会社が壊れたのもこの時からでした。うちの会社は悲しみの手引きをしました。本来なら知らないはずだった事実を突きつけたり、すれ違いを起こさせたり。それで悲しみに暮れた人たちを素知らぬ顔で導きました。製造は順調でした。でも、悲しみを発生させる担当者たちが異常を来しました。急に泣き始めたんです。社内で、勤務時間に、一斉に。その報告をうけた幹部は現場に赴き、指示をだしました。開発部を呼んで来い。
今、あなたは心痛薬が欲しいですか。答え合わせがしたければ、お近くのコンビニやドラッグストアへどうぞ。
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