荒れた都市で二人暮らし

 「ただいまー。」一年前と変わらない明るい声がする。

 「おかえり。」私も努めて明るく迎える。


 ここはかつてのオフィス街。温暖化に伴い、到底、人が暮らすのに適する気温ではなくなった。先進国は何かと理由をつけて、海を埋め立て始め、居住区域を確保した。この国も国際委員会に参加して数か月で、国民の7割超が海上セクターへと移った。もちろん、そんなことができるのは中流から上流階級であり、次第に経済の中心も移っていった。農業が主な産業である地域は国から多額の補助金を受けながら、精力的に食料を生産している。結果、第三次産業で栄えた街の明かりは消えた。そこに、貧しい人々がなだれ込んだ。かすかに市場が残っていた。幸い、建造物の取り壊しまでは手が回っていないから、住む場所には困らない。


 今日はたこ焼きだー。粉も売ってたし、タコも売ってたから。

 やったー。あっ、でもタコ焼き器は?

 彼はおどけたしぐさで、ま、なんとかなる、はず、と言った。


 彼は3コ上の元サラリーマンだ。8か月前くらいに、タンポポを河原で摘んでは食べていた私に声をかけてくれた。一緒に住まないか。最近、どんどん物騒になって、女性一人じゃ心配だし、僕も話し相手がほしいな。そう言われたのがきっかけだった。彼の言う通りだったし、料理ができなくて、とか、家事が慣れなくてさ、とかじゃなくて話し相手がほしいという理由に魅かれた。


 最近は貨幣の概念も薄れてきたが、遠くの市場は潰れていなかったと彼が言っていた。足を昨日、怪我した私の代わりに買い出しに行ってくれていたのだ。海上の規格に合わないものを並べているらしい。


 今日は僕がつくるから、のんびりしてて。と言われた。私は壁伝いに動いて、クレセント錠の窓を閉めながら応える。朽ちたガードレールの松葉杖も悪くない。


 誇らしげにあれでつくったんだ、と曲がった鉄板を――おそらく元はデスクの天板だったのだろう―—を示した彼の手には大げさなほどに包帯が巻いてあった。聞くと、包丁で切ってしまったらしい。割と慣れてきたのになぁ、なんて言っている。確かに最初は包丁を怖がっていた。


 二人でパクパク食べていたら、あっという間になくなった。途中、タコ焼きに入れる変わり種は何が好きかという話になった。ウインナーを主張する彼に、私はチョコを推した。議論が落ち着くとおもむろに、そういえば昨日作ってくれたポトフがスープだけ残っていたじゃないかと彼が言った。そうだった。昨晩はポトフだった。だから私は足を怪我したんだった。

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