いつのまにか消える迷い

 背川せがわカイ、ライの双子は有名である。その界隈の人に、であるが。彼らがなぜ特別なのかを知っているのはほんの一部である。というか、彼らの本職を知っている人がまず少ない。この国においては十数人だろう。こう聞くと、なにか物騒な仕事、例えば、スパイとか殺し屋、今もいるのだろうか、に就いているのではないか、と思われるかもしれない。そんなことはない、


 彼らは後押し屋と引き留め屋である。カイが後押し屋、ライが引き留め屋。普通に生きていれば、この職業を知ることはない。だって彼らは秘密裏に活動しているのだから。いま、二十四、五の彼らは表向きは二人で移動輸入雑貨屋を営んでいる。カイの経営手腕とライのセンスの賜物だ。移動図書館の雑貨屋バージョンともいえる。お店がうわさで広まって、一帯のお客さんが一回は来店したと思われる頃合いを見て、彼らは移動する。二人はのんびりと好きな時刻に店を開け、好きな時に店を閉める。


 彼らには人の迷いが見える。そしてその迷いの終着点も見える。平たく言えば、後押ししてほしいのか、引き留めてほしいのかが見えるということだ。分かりやすいのは、観葉植物を買おうとしているお客さんが迷っているときに、後押ししてほしいと思っているのならば「いいですよね、僕たちもサボテン好きなんですよ。見てるだけで落ち着きます」とカイが言う。引き留めてほしいと思っているなら「かわいいですけど、水やりとかが案外大変なんですよね。結局、カイがいっつもやってくれてます」とライが言う。彼らの言葉がきっかけで人は意思決定をする。カイが引き留めても、ライが後押ししても効果はない。


 車に買いに来てくれた人以外にも、二人でごはんを買いに行ったときなんかも、見えるものだから勝手に力を使う。直接話しかけなくても、すこし目をやって、「そのまま突き進めばいいよ」なんて思い浮かべれば、それで誘導ができるのだ。一日に数回しか使えないみたいだけど。


 では、彼らのどこが後押しと引き留めなのかって。

 彼らの元にはたまに依頼が届く。これに対して彼らは反応する。まあ、依頼人はたいてい世界の権力者だ。たとえば、海外のIT大手から、あの会社の新製品の発表を遅らせてほしい、とか。彼らは実際にターゲットに会いに行き、早めるのを引き留めてほしいとか遅らせたいとかターゲットが思っている場合にのみ、力を使う。こういった場合は依頼通りにことが進むから、報酬がもらえる。ちなみに、依頼通りに進まない場合には依頼を受けない、ただそれだけだ。


 さて、あなたの迷いも彼らに解決される日が来るのかもしれない。

 いや、知らぬ間に彼らの気まぐれによって、あなたの悩みは消えているのかもしれない。

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