カラスのダンス

 カラスとは元来、群れないと聞いたことがある。たしかに、大体、僕たちが彼らを見かけるとき、一羽で何かをつついている。だからこそ、複数羽いると怖い。山の上を、山の木々の上を彼らが舞っている。およそ、7羽くらいだろうか。規則的とも不規則とも言えない動きが数えづらくする。何かを中心にして飛んでいる。そんな気もする。時々、対になって遠くへ行くのかと思うと戻ってきたり、街灯の上で文字通り羽を休めたりしている。それでも、鳴き声は絶やさない。あの、なにかを非難するような、あざ笑うような、それでいて必死さのない声。何か似た音を聴いたことがあるかと尋ねられたら、まっさきに首を横に振る。


 こっちが目が回りそうだ。ぐるぐると動いていく彼ら。目的があるようには見えない。何かを捕まえたいのなら、さっさと飛び降りて銜えて帰っていくだろうに。こういうとき、下に何かがあるのだろうとよく思う。それはありふれた発想だろし、大方、死体が埋まっているなんて冗談めかして言う。でも、死体に関しては今回は誤りだろう。この山にはめったに人が出入りしないことを僕は知っている。かなり人気ひとけのないことで有名だ。でも、カラスの巣窟になっているということもない。だから、カラスたちが集まっているのがいっそう不気味なのだ。つややかな羽は魅力的だがその細部までは見えない。落ちている羽根も見るが、やはり、それは落ちてしまったものであり、全体としての美しさには欠ける。でも、羽根一枚がまた、全体として官能美にあふれている気もする。見てはならないものを見てしまったという感覚も手伝っているのだろう。


 カラスと死体を結び付ける発想には納得がいく。なにせ、カラスは何でも食べていそうな気がするし、あの黒い身体を揺らして人をついばんでいる姿は容易に予想がつく。見たこともないのに。品よく自分の前にある四肢のみを味わうなんていう不文律さえ、彼らの中にはありそうだ。それにしても、カラスの腹というのは見たことがなかった。見られることを意識しているわけではないだろうが、綺麗だ。何物にも代えがたい魅力がある。人を前のめりにさせるような。体を思わず起こしたくなるような。


 段々と彼らの動きが落ち着いてきた。もしかしたら、リーダー格みたいなのがいて、そろそろだ、と声をかけているのかもしれない。もし、そうだとしたら、カラスは頭がいいというのは実証されたことになる。視界がかすむ。せっかくのカラスたちの姿が見えなくなってきた。それでも、あのやかましい声は聞こえる。最後に聞く音として申し分なかった。

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