いつかは死ぬ

 自由帳を拾った。表紙は薄い青色。一枚めくると、書いたことが本当になります。と書いてあった。今日はエイプリルフールだし、よくあるいたずらだと思った。中三に進級した今、こんなものに浮かれることはない。ただ、何もしないのも勿体ない。全てのページに目を通したが注意書きは見当たらない。一つ、本当になるごとに、寿命が縮むとか何かを失うとかそんなことは書いていない。それでも、何か大きなことを書いて本当になるのは怖い。


 晩ご飯がハンバーグになる。しかも2つ食べれる。


 と書いた。これぐらいなら、本当になっても罪悪感も何もないし、どうやっても実現不可能なんてことでもないから、効果を試すにはちょうどいい。

 勉強をしていると思ったのか、机に向かっている俺にお母さんが、えらいね、なんて言っている。学年の最初の方だから宿題は少ないけど、一応やっておこう。解きながら気づいた。晩ご飯がハンバーグになろうとしているのかもしれない。このあとは予想通りだった。ひき肉の大きいパックが安かったという理由でハンバーグはいつもより2個多く作られ、兄が遠慮したから俺に回ってきた。


 次は何を書こうか。とりあえず、明日の英語の授業が嫌だ。明日と書くのはまずいかもと思い、


 4月2日の2時間目の英語の授業が自習になる。


 と書いた。理由は書かなくてもなんとか上手くいくみたいだ。朝の会でどきどきしていたら、今日は大野先生は家庭の事情で来れないので自習です、と担任から連絡があった。実現した。もっと効果を試してみたかったけど、誰かに見つかるのが嫌で家の机の引き出しの奥に置いてきた。それでも授業を受けながら色々考えた。人のために使ってみようかと考えた。

 自習時間が始まると、案の定みんなは騒いでいた。たけるがゲームソフトの名前をあげて、欲しーと言っていた。多分あいつの願いもかなえられるだろうけど、なんか癪だった。後ろの席の峰山さんも、私じつは興味あるんだよね、と坂井さんに言っている。それなら、と思って俺はゲームの名前を頭の中で復唱した。


 峰山ひかりさんがゲームソフト「ダリスのダイス」を手に入れられる。


 家に帰って、こう書いた。特に日付は入れなかったが、ちゃんと主語は書いた。俺がもらっても仕方ない。


 この日から、俺はいっぱい書いた。なんでも叶うし、ちょっと言葉足らずでも補正されるということにも気づいた。物的にも精神的にも僕は満たされたし、周りも満たされた。それに、世界平和なんてことも書いてみたけど、さすがに難しいみたいだった。期限も書いていないのだし仕方ない。

 正直なところ、段々と俺は嫌になった。なんでも叶ってしまうのは退屈だ。そして、思いついた。


 いつかは死ぬ。


 こう書いておいた。これなら、当たり前だし、自然な形で死ねる。俺が醜く、何もかもを叶えたとしても死は必ず訪れる、そういう平等感が心に生まれた。


 俺は急に、ベランダから飛び降りたくなった。だから、飛び降りた。ちょうど12時を回っていた。

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