テラーの人生

 テラーの人生は暗かった。まだ、終わっていないから、暗い、の方が適切だろうか。生まれたときから、え、生まれたのか、と言われ、愛情なんてものは5年で終わった。そのときから、弟ばかりがかわいがられた。テラーは名前も呼ばれず、弟の食べ残しを自分の前にずらしてもらうだけだった。洋服も買い与えられるわけもない。自分のものなんてなかった。


 学校も当たり前のように楽しくなかった。人に笑われるだけの場所。人として見てもらえない場所。それでも、給食は出た。食べることができればそれでよかった。小学校、中学校、高校まではなんとか通えた。

 高校のときには働いて金を稼いでいた。そのころには親は弟と蒸発していた。テラーだけが捨てられたということだ。それは彼が解放されたということでもあった。クラスの人気者ではないにしろ、仲の良い友人というのもいた。それに、素敵だと思う女の子もいた。たまに目が合うだけで心が躍った。そのために仕事で疲れた体に鞭を打って学校に行っていた。その女の子と話し始めたころに、また、世界は暗くなった。ここでテラーは学んだ。人生はいいときに理不尽に壊されるのだ、と。


 小さなころから無理をし続けた身体が悲鳴を上げた。入院を勧められたが金はない。一度壊れた身体はもとには戻らない。あっという間に、一人で歩くこともできず、栄養失調。睡眠障害。耐え続けた心も砕け散った。何も残っていなかった。彼は自分の過去を思い出した。何一つ不思議なことはない。あの頃に戻っただけだ。そう思ったときだけ、狭い部屋の中で彼は落ち着いて眠れた。

 絶望なんてのは長くは続かない。繰り返すだけだ。彼には友人がいた。卒業式の次の日——名前は伏せておこう、K——が彼のもとを訪ねた。頼れる奴だった。無理に人らしい暮らしをしろとは言わず、ただ、彼の話を聞くだけだった。人との話し方すらおぼろげなテラーを彼はじっと見つめ、ただ、うなずいた。Kはカレンダーを探したがそんなものは無いと悟り、あの桜が散ったら、また来ると言って出た。


 桜は散った。Kは来た。彼はテラーを自分の家で使用人として使った。それは名目だけでテラーは自らを癒す期間を得た。

 十年もしないうちに、テラーは仕事ができるほどに回復した。住む場所を探している間はホームレスまがいだったが、彼には気力があった。目も輝いていた。まるで、弟が生まれる前の彼であった。ある日、彼は太陽の光で目覚めると、すぐさま殴られた。空きビルでリンチされ、そのまま内臓を売りに出された。あとは、牢屋よりも酷い仕打ちだ。海外の地下で働かされた。テラーは父親の名で罵倒された。自分が父の罪を背負っていることに気づかされた。晩年までテラーは外の空気を吸えなかった。


 彼は生活の辛さゆえか、小さな時から、ある一つの特技を身につけていた。自分に起こるできごとを他人事のように捉えることができるのだ。これは、誰かの人生を見ているだけ、そう思うと、彼はいつでも安らかだった。

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