手をあげろ

 三人組の銀行強盗が押し入る。一人が客の制圧、二人が行員を脅し、金を集めさせる。客は5、6人程度。その中には母親と一緒の小学生の男の子も混じっている。

 お前ら、手をあげておとなしくしてろ。いいな。そうしとけば、撃ちやしねえ。おい、坊主、手をあげろ。分かるだろ。

 はい、わかります。 男の子は右手を真上にすっと上げた。

 何も、わかってねえじゃねえか。


 わかってます。銀行強盗は強盗罪にあたるので、懲役は5年以上は確定します。そして、有期懲役であるとも刑法236条で定められているので、懲役は5年以上20年以下になります。あとは、みなさん、ああ、銀行強盗のみなさんが、どれだけひどいことをするか、例えば、僕たちを殴るのか、何もしないのか、いくら盗むのか、罪を素直に認めるかどうか、などによって具体的な懲役の年数は決まります。


 なんだ、坊主、なめてんのか。こうなったら、そう啖呵を切って男は銃を構える。すかさず、窓口の方からすぐお前はそうやってかっとする。使わなくていいんだったら、銃は温存しとけ、とボスから指示が飛ぶ。でも、と煮え切らない様子で、男は腕まくりをして男の子に詰め寄る。それを見た母親が


 息子に手をあげないでください。 と言った。



 こんなところで、書きかけの小説が終わっていた。はあ、どうしようもできない。いったいどうすればいいんだか。銀行強盗のモノローグでも入れるか。


 別に俺だってこんなことがしたいわけじゃない、でも、これしか生きてく手立てがない。というか、この計画に反対したら、豚箱に入れられる前にボスに殴られて死んじまう。だから、仕方なく来たのに、何だこのざまは、よくわからない子どもにもおちょくられてしまう。そして挙句の果てに銃まで握るとは、我ながら情けない。


 こんなのを書いたら、銀行強盗に感情移入してしまう。違う違う。


 うちの子は不思議だ。幼稚園に通っていたころ、毎晩読み聞かせをしていたのだが、うっかり、図書館で借りてくる絵本の冊数を間違えて読むものがなくなった時があった。そのとき、横にいた夫がふざけながら、六法全書でも読んだら、と目の前に置いてきた。それをこの子は自らめくり笑っていたのだ。そしたら、いつのまにかこんな子になっていた。


 これだと、男の子のヤバさが際立つな。悪くはないが、何か違う気もする。あとは、何ができるだろうか。刑法のセリフを増やすのもやりづらいし、どうしよう。


 もう、お手上げだ。

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