お歯黒政策

 我が家にも届いた。小さなプラスチックの容器に入った黒と白の液体。4人家族だから4セット、計8個の容器がポストに入っていた。名前のラベルも貼ってある。自分のを取ったあと、妻と子ども二人にも渡す。

 これ何、お兄ちゃん? 年少の弟が聞く。

 ええと、おはぐ、、、? 何だっけ、お父さん? 小3の兄も困っている。

お歯黒よ。昔、結婚した女の人が付けてたの。お化粧の一つでもあったわ。ねぇ、お父さん。

ああ、そうそう、結婚した印だな。化粧っていうのは知らなかったが。

でも、僕たち女の子じゃないし、結婚もしてないよ。化粧もしないし。


 彼らの疑問はもっともだ。どうやら、これは自殺者を減らす国策らしい。今日の朝10時に全国民に届くようにしてあって、12時の放送と同時に飲んでくれというのだ。飲むと、歯の成分とだけ反応して、歯だけが黒くなるのだとか。

別にこれだけじゃ、自殺者は減らない。ただ、自殺したいとか人生をやり直したい、と思ったときに白い方を飲めば、お歯黒がきれいさっぱり落ちる。ここからが肝で、私たちはお歯黒がきれいに無くなっている人を見たら、人生をやり直した人として扱わなければならない。ちなみに、自分が飲んだ黒い液体に対応する白の液体でないと、お歯黒は落ちないらしい。


 二人ともちゃんと自分のは自分で保管するのよ。はーい、と子どもたちの元気な返事。これも、政府が発表していることで、人生をやり直したい、と切実に思ったときにすぐ自分で飲めることが重要だから、自分で肌身離さず持っておけということらしい。妻は子どもたちに続きを説明する。もし、ある日、お友達の歯が白くなっていたら、今までのことは忘れるんだよ、はじめましてのお友達なんだからね。


 この政策を聞いたとき、自分はそんなに切羽詰まってないなぁと思ったが、妻は化粧が合わせづらいと思ったそうである。お歯黒に合う化粧品だとかが、既に熱心に販売され始め、それらを買いそろえ始めているようだ。


 お昼の放送が始まった。政治家たちも一列に並んで、一斉に飲んでいる。そして、黒い歯をアピールしている。子どもたちも真似している。その後、各々、自分の白い液体の容器を回収した。僕もポケットに入れた。すぐに昼ご飯を食べても問題ないという説明だったので、僕たちはラーメンを作って食べた。


 妻はカフェラテを二人分淹れた後、化粧の道具をずらっと並べ、色々試している。僕はカフェラテを飲んでのんびりしていた。次男は、何かで遊んでいる。自分のポケットの中の容器と同じ容器なのを確認して、大事なものなのだから、と叱ろうとしたが、それは化粧用品のようだ。テレビに飽きた長男がこっちを向いた。


「えっ、お父さ、、、。はじめまして。」

 

 妻の黒い歯が見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る