第12話


 尼たちが海石榴つばきの市の馬屋うまやむち打ちの刑に処されると決まったと聞き、萬はそれを見聞けんぶんしたいと主にいとまを乞うた。

 守屋は怪訝な顔をしたが、やがてふむ、とおもむろに頷いた。

「良かろう。暇など取らずに儂の代理として行けばよい。よく見てくるのだ」

 海石榴市の馬屋は八衢やちまたに連なる街道の結節点で、諸方に行く人通りの多いところである。そこでみせしめのために女たちを笞で打つのは、仏道に従えばそのような目に遭うと国中に噂を流すための処置である。民がどのような反応を示すか守屋としても気になるところであった。

「しかし、なぜ見たいとなどと思うのだ」

 という主の問いに萬は、

「それは・・・」

 と口籠り、

「あの場におりましたゆえ・・・」

 いつになくへどもどと口をにごした萬自身にもなぜわざわざ市まで女たちが打たれるのを見に行こうと考えたのか、実は明確な理由は分かっていない。それを見て主は何を思ったか、にやにやと笑うと、

「もしや・・・女が笞で打たれるのをみたいのか?」

 と萬の目を覗き込むようにして尋ねてきた。

「いえそのような」

 萬が慌てて首を振ったのを見て、守屋は大いに笑った。、

「良い良い。舎利の正体を見破った功に免じて何も言うまい。馬子の間抜け面はたいそうおかしかったわ。行ってみてこい。笞打ちをする役人たちが手加減をせぬか確かめるのだ」


 女たちは後ろ手を縛られ、揃って背を向けて座らされていた。その様子を見て艶っぽいなどと騒いでいた男は周りの者たちにたしなめられ肩を怒らせて去っていった。

 中に萬が守屋の資人と知っている者がいて、馬屋の役人たちはわざわざ萬のために座を用意した。

 笞打ちをみようと馬屋の前は人でごった返していたが、その最前列で萬は、女たちが三人並べられて背を裸にかれるのを目の当たりにしている。女たちの背はどれも染み一つなく白かった。とりわけあの時馬子に手を差し伸べた少女の背中は細く華奢きゃしゃでその白さは青みがかってさえいる。その色が萬の心に痛ましさを覚えさせた。

 笞打ちの役人は萬が申し入れるまでもなく手加減を一切しなかった。

「一」

 陰鬱いんうつな声で数を数える者が読み上げると、しなった笞が女たちの背中を捕えた。びしり、という容赦ない音に見ていた老若男女の群れから、おお、という喊声かんせいとも溜息ともつかぬ声が上がったが、打たれた女たちは声も上げなかった。細い背中に笞の跡がやがてあかく浮き上がるまで待ったかのように、

「二」

 の声が上がった。その笞に真ん中にいた女が前に倒れたが、それでも打たれた女たち誰一人として声を上げなかった。初めて会った時自分に向かって微笑んだ、善信という名の少女の、細い背中が震えているのを見て思わず萬は目を背けたが、役人は容赦なく

「三」

 を読んだ。背を笞に弾かれ、少女は跳ねるように反り返った。

 三十の笞が終わったころには、女たちの背中には無数の笞の跡が残り、そのいくつかは割れて血が滲んでいた。

 善信だけは座ったままその背中を見せていたが、残りの二人はうつぶせに崩れ落ちていた。その背中から湯気のようなものが立っている。

 最後まで見終えた観衆たちは言葉もなく、ぞろぞろと立ち去った。人殺しや盗みの罪人たちが処刑される時に上がる歓声はどこからも上がらなかった。帰る老若男女の表情は何か悪いものを見たかのような表情が浮かんでいた。

 萬が席から腰を上げようとした時、席を用意した小役人がそれを待っていたかのように萬のところに近寄って来た。

「大連さまに宜しくお伝えくださいませ」

 と手を揉むように言った男の掌に銀一粒を握らせると、萬は無言で席を立った。

 ふと視線を感じ刑台の方へ眼を遣ると、倒れた女たちを役人たちが担ぎ上げるところであった。だが善信という名の少女だけは役人の助けを拒むとよろよろと一人で立ち上がった。その少女が萬の方に視線を向けていた。もしかしたら、役人に銀を渡すことまで見られていたかもしれない。

 萬は恥じた。それはいつもと変わらぬ行為なのにひどく恥じた。役人のしなる笞が己の心を打ったように思え、知らず俯いた。だが少女の視線はそのまま遠くへと泳いでいった。その姿が役人に連れられて消えていくのを見届けると、萬はその場を逃げるように離れた。

 帰る道すがら萬は

「見に来るではなかった」

 とほぞをかんだ。

 自分が来たことであの娘たちに良いことなど一つもなかった。笞が一層容赦なく娘たちの肌に食い込んだだけではなかっただろうか?

 帰宅して見てきたことだけを主にそのまま伝えると主はいかにも満足そうに、

「よし。仏を唱えれば、さような目に遭うと諸方に伝わるであろう」

と鼻をうごめかしたのであった。

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