第12話 さいこうの恋愛結婚

「わたくしがスート商会のたくらみに気づく以前から、疑いを持って彼らを追っていた人物がいました。第二王子のレイノルド殿下です」


 マリアが名を出すと、衆目がいっせいに壁際に向いた。

 そこに立っていたレイノルドは、不満そうに眉根を寄せる。


「話がちがう。兄貴が騙されていることを暴いて終わりにする手はずだろう」

「せっかく国内の要人が集まっているのに、ただ悪事を暴いて帰すとでも? わたくし、やるからには完璧にしないと気が済まないのですわ。どうぞこちらへ」


 大きな溜め息をついて、レイノルドは壁を離れた。

 彼が近づいてくるのを見たマリアは、国王へと視線を戻す。

 国王も王妃も、困った表情をしていた。この後に及んで第二王子まで醜聞をさらされるのかと思っているのだろう。悪いが、もうマリアは止まれない。


「ご周知の通り、レイノルド様は『悪辣王子』と呼ばれています。素行が悪いことで有名で、町の悪党たちとも繋がりがありました。彼は、ギャンブル場に顔を隠した貴族が出入りしていることも、スート商会の者が投資の誘いをしていることも知っていました。ですから、アルフレッド様にプリシラ・スートが近づいていると察知したとき、誰より早くその意図を理解したのです」


 アルフレッドに婚約破棄されて大泣きしていたマリアに、レイノルドはこう言った。


 ――半年ほど前から、プリシラとかいうクラスメイトにぞっこんだから、そうなるのは遠くないと思っていた。


「レイノルド様は、全ての悪事を見越したうえで、アルフレッド様がプリシラ・スートに魅了されていくのを止めなかった。その方が、彼に利があったからですわ」

「身に覚えがない」


「思い出させてあげますわ。あの日、貴方は偶然に、婚約破棄されて泣くわたくしの前に現われた。ですが後から思い返してみれば、裏庭の奥の奥で昼寝なんておかしいこと。そこから推察するに、貴方は、わたくしが卒業パーティーの最中に婚約破棄されるのを知っていて、表で待っていたのでしょう。わたくしが裏庭に下りていったから、急いで林のなかを抜けて、たまたまそこに居合わせたように出てきた。ちがっていて?」


「…………ちっ」


 図星だったらしい。舌打ちして立ち止まったレイノルドを、アルフレッドはわなわなと震えながら見上げた。


「レイノルド、お前は私の婚約者に恋をしていたのか? マリアヴェーラを手に入れるために、スート商会の悪事を見逃していたのか?」

「何が悪い。俺は悪辣王子らしく振る舞っただけだ」


 レイノルドは、今までの鬱憤を晴らすかのように、足下に落ちていた魔晶石をガッと蹴り上げた。


「お前らみんな、俺にそういう人間であってほしいと思っていただろう。兄貴こそ国王にふさわしいと、争いなく譲位が進むようにと、願っていただろう。なぜ都合がいいときにだけ俺に善意をねだる?」


 双子の王子の周りにいる大人は、レイノルドを『出来の悪い弟』に仕立てあげようとした。レイノルドもそれに甘んじて生きる道を模索していたはずだ。

 だが、第二王子は変わった。マリアに恋をしたせいで。


 レイノルドは、ぐっと拳を握りしめて吐露した。


「俺は二番目でかまわない。玉座も名誉も何もかも兄貴に譲ってやる。だが、マリアヴェーラだけは渡せない。彼女だけは、俺が、この手で幸せにしてみせるって決めたんだ!」


「――――と、いうわけですわ」


 パンと両手を合わせて、迫真の告白をさえぎったマリアは、広げた扇に紙をのせて玉座に持って行った。


「国王陛下。これはアルフレッド様に愛想を尽かして、側近を離れた者たちの署名です。スート商会の内部調査に並行して、アルフレッドから離れた者を探しておきましたの。わたくしの独断ですので、レイノルド様はご存じありません」


 元側近たちを見つけ出すのは容易かった。たどる気になれば、すぐ会いに行けるような王都の近くに暮らしていたからだ。


「国王陛下は、アルフレッド様を次の王にするつもりで、彼の治政を支える優秀な者たちを側近につけておられましたね。いっせいに辞めたと聞いてお困りになられたでしょう。彼らに代わる素晴らしい人材は見つけるのが困難ですし、これから教育するには時間がかかります。ですから、わたくしは彼らと交渉して参りましたの。愚かな第一王子ではなく、優秀な第二王子のもとへ戻ってきてくれないかと」


 署名を手に取った国王は、ふむと口髭をなでた。


「ほう。元側近たちはなんと?」

「レイノルド様の元になら戻ると約束してくれました。皆、第一王子より第二王子の方が優秀だと気づいておられましたわ。彼らの代弁者として、ここで進言いたします」


 扇を閉じたマリアは玉座から離れて旋回すると、両手でスカートをつまみ、それはそれは美しい所作で深くお辞儀をした。

 華やかなドレスが、大輪の花が開いたようにひらめく。


「第二王子レイノルド殿下を、第一の王位継承者に。そうすれば、この国は魔法などなくても栄えるでしょう」


 マリアの言葉に、聖堂に集った人々がざわついた。ただの公爵令嬢が、国の方針をひっくり返そうとしているのだから当然だ。

 賛同者はいないと思われたが――それまで沈黙していた王妃が、にこりと微笑んで国王に耳打ちした。すると、国王の顔つきも楽しげに変わる。


「高嶺の花に見初められた王子が国を動かすか……。面白い」


 つぶやいた国王は、王笏を支えに立ち上がった。集まった貴賓たちを見回しながら、重みのある声を響き渡らせる。


「第二王子レイノルドに、第一位の王位継承権を与える! 第一王子アルフレッドは第二位に降格する。心を入れ替え、レイノルドの側近の側近として学ぶように」


「俺が……兄貴よりも上に?」


 レイノルドの震える声に耳を澄ませていたマリアは、ここで枯れてもかまわないと思った。元より国王に進言する資格などない。地位も権力も持たない令嬢が王位に口を出すなんて、あってはならないことだった。

 今ごろ、父は席で青くなって泡を吹いているにちがいない。


「マリアヴェーラ・ジステッド公爵令嬢」

「はい」


 国王に名を呼ばれて、マリアはひざまずいた。

 言い渡されるのは、処刑か、禁固刑か、それとも流罪か……。

 緊張しつつ待っていると、予想外の展開が待っていた。


「そなたには、レイノルドを側で支えてもらいたい。第二王子の妃となってはくれまいか?」

「それは……」


 王位継承権第一位の王子との結婚は、貴族令嬢にとっての最上の出世コース。けれど自分の心が求めるのは、そういう思惑とはほど遠い、おとぎ話のような展開だ。


「……申し訳ございません、国王陛下。わたくし、大恋愛した相手と結婚すると決めておりますの。ですから、レイノルド様――」


 マリアは立ち上がって、レイノルドの手を両手でつまんだ。


「――わたくしと、恋をしてくださいませ。みんなが嫉妬するような、可愛らしくて、切なくて、胸が張り裂けそうな大恋愛をしたいのです。あなたに応えることが出来まして?」

「はっ。わざわざ聞くことかよ」


 レイノルドはいつも通り勝ち気で、それでいて、今まで見せたことのない幸せそうな表情でマリアを見返した。


「あんたと最高の恋をしてやる。――俺の、花嫁になってほしい」

「よろこんで」


 マリアが応えると、見守っていた人々から歓声があがった。喜びに突き動かされたレイノルドは、マリアを抱え上げて一回転すると、ぎゅうと抱きしめてきた。


 マリアは、レイノルドの胸に顔をうずめて笑う。

 彼女が見せた最高の笑顔は、高貴で知られた高嶺の花らしくない、けれど野に咲く花のようにかわいらしいものだった。

 

《完》

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