第11話 あばかれる詐欺魔法

 第一王子の婚約式典には、タスティリヤ王国の要人が集められていた。花で飾られた聖堂の玉座には国王がいて、見下ろす位置に正装のアルフレッドとドレス姿のプリシラが平伏している。


 国王に認められれば、二人は晴れて婚約者だ。早ければ明日から結婚式への準備がはじめられる。

 王子の結婚式は国家をあげての式典になる。儀式がつつがなく執り行われるように、また、アカデメイア大陸中から来る参賀者を迎えるために、入念な準備が必要なのだ。


 冠をかぶった国王は、王笏を立てて言い放った。


「第一王子アルフレッドとプリシラ・スートの婚約をここに認め――」


 そのとき、ガタンと椅子が倒れた。王族がすわるスペースで一人立ち上がっていたのは、ジステッド公爵令嬢マリアヴェーラ・ジステッドだった。

 肩を出したドレスは、薔薇の花びらをまとったようにいくえものパーツが折り重なった豪華なもの。当人の美しさもあり、人並みから立ち上がるだけで、大輪が花開いたような華やかさがあった。


 集まる衆目に向けて、マリアは手にした扇のかげで微笑んでみせる。


「あら。式典の最中にお騒がせして、大変申し訳ございません。二人の仲を認めるまえに、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか。この茶番を見せられているのが苦痛で仕方ありませんお」

「私とプリシラの邪魔をするというのか、マリアヴェーラ! 嫉妬は見苦しいぞ」

「アルフレッド様。嫉妬するような恋人たちがここにいまして?」


 マリアは、アルフレッドとプリシラの側に歩いて行くと、ドレスをつまんで国王にお辞儀をした。


「ジステッド公爵家のマリアヴェーラ・ジステッドでございます。このたびの第一王子殿下のご婚約に異議を申し立てるために参りました」

「マリアヴェーラ、何をしている。戻れ!」


 父ジステッド公爵の怒声が飛んできたが、マリアは笑顔で答える。


「お父様。口のきき方にお気をつけてくださいませ。わたくしには、第二王子レイノルド殿下の後見がついておりますのよ」


 レイノルドは、王族席の後方の壁に寄りかかっていた。するどい目で睨まれた公爵は口を閉じて座席にちぢこまる。これでマリアが上がる舞台は整った。

 

「わたくしは、第一王子殿下とプリシラ様のご婚約に反対いたします。プリシラ様のご実家であるスート商会は、タスティリヤ王国に魔晶石を流通させる野望を持っています。プリシラ様は、魔法を解禁させるためにアルフレッド様に取り入ったのです」


「私は取り入られてなどいない! 外国では当たり前のように使われている魔法があれば、タスティリヤ王国はより栄えるだろう。そう考えて解禁しようとしているのは私の意思だ!」


 胸に手を当てて主張するアルフレッドを無視して、マリアは国王に目を向けた。


「この調子では、国王陛下も手を焼かれておいでしょう」

「まさしく。アルフレッドに魔法を解禁するべきだと進言されて、そのたびに諫めている。スート商会の手ぐすねがあったのだな」

「ええ。商会は、魔晶石を買い付ける資金を集めるために、お金持ちを見つけては投資を迫っていました。名家の若君が破産しそうなほどつぎ込んで、婚約者にまでお金をせびっていた例も確認しておりますわ。ひょっとしたら、この中にも『魔法が解禁される』という甘言に騙されて、投資してしまった方がいるかもしれませんわね?」


 マリアが問いかけると、列席した貴族のあちらこちらに、明後日の方向を向いたり、うつむいたりする人々がいた。宰相もやってしまったらしく、自分は関係ありませんと言わんばかりに口笛を吹いている。


 玉座からは、投資話にのってしまった人々の焦りが良く見えたはずだ。これなら特別な説明はいらないだろう。

 マリアは扇を閉じて、アルフレッドにひっついているプリシラに目を向けた。


「アルフレッド様に取り入って魔法を解禁させれば、魔法を使うために必要な『魔晶石』は飛ぶように売れて、スート商会が大もうけする。素敵な筋書きですわね」

「マリアヴェーラ様、ひどいことをおっしゃらないでください。わたしは、アルフレッド様を騙すつもりなんてありません。心よりお慕いしているのです」

「プリシラ……!」


 感動したアルフレッドが彼女を抱き寄せた。すると、壁際のレイノルドが吹きだした。双子の弟の失礼な態度に、アルフレッドは烈火のごとく怒る。


「いい加減にしろ、レイノルド。彼女にこれ以上、失礼な真似は許さないぞ!」

「兄貴。あんた、新しい婚約者の身元は確認したのか?」

「身元だと? スート商会のご令嬢だと言うことは、お前も知っているだろう」


「そこじゃねえよ。相手の出生からこれまでに汚点がないか、つぶさに調べて、王子の婚約者にふさわしいか見定める必要がある。今まで、あんたの周りにいた従者が、勝手にやってくれてたことだ。従者が去ってしまったのなら、別に命じて探らせるべきだろ。やったのか?」


「や、やってない……。だが、こんなに可憐で、弱いプリシラに、後ろ暗い過去があるはずはないだろう!」

「ええ。プリシラ様に、後ろ暗い過去はありませんわね」


 マリアが加勢したので、アルフレッドは顔色を明るくした。


「ほらみろ! マリアヴェーラもこう言っているぞ!」

「後ろ暗いどころか、そもそも過去がありません。『プリシラ・スート』という女性は、この世に存在しませんわ」

「は?」


 マリアは、ドレスの胸元に差していた、スート家の家系図を取り出した。


「スート商会では、取締役の甥が重役についています。他にも分家筋から多数の働き手を入れているようですね。一族経営であれば、取締役である本家筋の子どもが役につくのが普通ですのに、なぜそうしないのか。理由は簡単でした。取締役に子どもがいないからです」

「子どもがいない? では、プリシラは養子なのか??」

「いいえ。スート商会の人間に間違いはありませんわ」


 マリアは、アルフレッドたちに近づいていくと、とつぜん、扇を放って彼らの注意を逸らした。


「アルフレッド様に教えて差し上げます。悪事に魔法が使われるというのは、どういうことなのか!」


 手を伸ばして、プリシラの首に掛かっていた『魔晶石』のネックレスを引きちぎると、ふわっと彼女の周りが光った。魔法がかかっていたのだ。

 ベールのように体を包んでいた光は、砂へと変わって床に落ちていき、やがて――でっぷりと太った五十代の男性が姿を現わした。


 びっくりしたアルフレッドは、袖を掴んでいた手を振り払って剣を抜く。


「なっ、なんだ貴様!?」

「その方がスート商会の取締役ですわ。アルフレッド様に取り入るため、魔晶石で可憐な少女の姿に化けて、一人娘プリシラを名乗って学園に入ったのです」


 禁じられた魔法に耐性がないタスティリヤ王国の人間は、魔晶石を身につけていても気づかない。取締役は、それを逆手に取って堂々とアルフレッドに近づいたのだ。


「そんな……。私の愛したプリシラが、存在しなかったなんて……」


 へなへなと座りこむアルフレッド。逃げようとした取締役は、ドレスの裾につまずいて転ぶ。ざわつく衆目を静めるため、国王は大声で呼びかけた。


「静粛に。このたびの婚約式典は中止とする!」

「お待ちください、国王陛下」


 マリアは、その場で腰を落としてこいねがった。


「わたくしに、少しだけお時間をくださいませ」

 

 



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