第3話

 ぼくたち人間を、見守みまもっている存在なんて、いないと思っていた。

 死んでから、ぼくはそうじゃないことを知った。


 彼らはルールを破っても、唯川夏目を助けようとしている。

 なにか理由があるはず、

 時間をさかのぼってまで、1本のろうそくを、消さなかった理由が。


 それだけじゃない。

「あの娘の後を追って、君も、1987年に行ってほしいの」

 ぼくは、そう言われた。


 あの娘がこれからどうなるのか? その前に、少しだけぼくのことを話そう。

 ぼくの名前は、りん。ぼくは生まれかわることを、拒否された人間だ。


 それはなぜかわからない。なぜ、ぼくが死んだのかも。

 ぼく個人の記憶は無くなってしまっているから。


 死んだらどうなるかって?

 知っているのは、この宇宙はいくつかの「ステージ」という世界に分かれていること。

 人は死ぬと、どれかのステージへと旅立つことになる。


 それは「生まれかわり」や「別の次元の世界」とか、いくつもある。

 でも、ぼくは旅立つことをゆるされなかった。


 次のステージに行けずに、取り残されたぼくを、「見守る人」があわれんでくれた。

 だからぼくは、ずっと彼らのために仕事をしている。

 今のぼくの望みは1つ。みんなと同じように、次のステージへ旅立つこと。

 生まれかわって、また最初から生きなおしてみたい。


 取り残されたぼくが、次のステージに行くための、ただ1つの方法は「審査しんさ」を受けること。そこで次のステージへ行く許可を得ること。

 ぼくは、ずいぶん長いあいだ待ちのぞんで、あと3日で審査を受けることになった。

 ようやくだ。

 そんな時に、「見守みまもる人」から、とつぜん呼び出された。


「最後の使命があるの」


 病院で、女医じょいの姿をしていた「見守る人」は、ぼくに言った。


「あの子の後を追って、君も1987年に行ってほしいの」


「唯川夏目の娘のために、ですか?」


「そうよ。君の仕事は、あの娘を3日間、見守ること」


 ぼくはやるしかない。けれど、一つ疑問があった。


「唯川夏目は、過去に大きな傷をうと、おっしゃいましたね? 娘が過去に行って、その傷を負うのは、かわいそうでは?」


「かわいそうね。だからいろいろ考えて、それより前の時間に娘を送りこんだの。

 運命はけられないけれど、唯川夏目の魂に力を蓄えさせるために」


 だけど、あの娘が過去にいる時間がのびたら…? 


 ぼくは言いかけたけれどやめた。

 ほかに、聞きたいことがあったから。


「そもそも、母親のかわりを、あの娘ができると、お思いですか?」


「できないというの?」


 ぼくは正直に言った。

「病室で、娘のれいを観察していたんですけど、母親に、まったく似ていませんね」


「君には、そう見えるのね」

 見守る人は、眉をひそめてぼくを見た。


 とにかく、あまりにも母親と違いすぎる。


 病院でベッドに横たわる母親の夏目は、50歳すぎていて可愛らしかった。いやそれだけじゃない。説明できない「何か」をまとっていた。


 それに比べて、玲という娘のほうは、ひとつもオーラがなく、ごくごく普通の人だった。

 男の子みたいに髪が短くて。黙っていると、愛想あいそうもないし。

 顔もあごの形も、これほど似てない親子は珍しい。


 ——今まで、この娘はずっとこんな風に比較されてきたのかな? 

 ぼくは、自分の考え方に気づいて、ぎくりとする。


 でも本当に、この使命がうまくいくと思っているんだろうか?

 ぼくは、めずらしく見守る人に反抗した。


「娘のほうに、才能があるとは、ぼくには思えませんけど」

「才能なら、さっきあの子にあげたわ。お母さんの才能を、そっくりそのままね」

「お言葉を返すようですけど。それって人から借りた才能ですよね」


「借りた才能?」

 老女は、顔をしかめた。


「人間の才能は、すべて借りものよ。忘れたの? 足が速いのも、頭がいいのも、きれいなのも、みんな生きている間に借りているだけ。

 死ぬときには、返してもらうわ」


 ぼくはため息をついた。

「もしも唯川夏目の娘が、母親のようになれなかったら?」


「運命を変えてしまうことは、許されない。

 あの子がトップになれないなら、すぐ呼び戻す。その時点で母の魂へのチャージは中断することになるわ」


 ぼくには、なれるとはとても思えない。ただのアイドルじゃない。

 ソロのトップアイドルだ。

 1980年代は、女性ソロアイドルの「戦国時代」だった。松田聖子さん、中森明菜さん、南野陽子さん、小泉今日子さん、他にもたくさんいる。


 しかも80年代後半には、それまでとまったく違う「大きな変化」が起こっていた。

 アイドルの生き残りを左右した変化。


 その1987年に、トップに立つなんて、むちゃくちゃな話だ。

 にもかかわらず、あの娘は母親のために、とんでもない使命を引き受けたけれど。


「本当は、ぼくの仕事というのは、あの娘が母親のかわりに、なれるかどうか監視することですね?」

「見守ってほしいと言ったけど…まあ、監視でもいいでしょう。

 とにかく気が乗らないみたいね。輪くん」

「あの子自身も、母のように絶対なれないと思ってるのに、うまくいくわけがありません」

「心を、読んだの?」

「ええ」

「心を読むのだけは、うまくなったわね。君は」


 見守る人は、ぼくを見つめて、優しさとあわれみの混じった表情を浮かべた。


「あの子にできないと決めつけてるけど、それはどうかな? たとえばあの子の話し方は、決して男の子っぽくも乱暴でもない。君は気づいてないけど」


 もう一度、ぼくはため息をつく。

「1987年の唯川夏目についての情報をください」


 見守る人の手元から、ふわりと1枚の紙きれが飛んできた。ぼくはその内容を読んで、おどろいたんだ。

「これって…」


「あとは、君とふたりでやりとげなさい。

『まだ一歩も、足を踏み出していない…』さすがに母親ね。あの娘のほうは、まだ自分のもつ力を十分に使っていなかった。

 うまくいくかどうかは、あの娘と君しだいよ」


「でも、どうして、ぼくが選ばれたんですか?」

「私の頭に、君が真っ先に浮かんだの。

 悲観的ひかんてきうしろ向きで消極的な君に、生きている女性のことを学んでほしいの」


 ぼくは、せめてこう返すしかなかった。

「本当に3日間だけですよね。今度こそ次のステージに行きたいんです」


「わたしは、約束を守る。この使命は、

 日付ひづけが3つ変わって、次の夜明けまでよ」


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