詩的短編集

ヘミー

ポリ袋鉄道に舞う

気持ちがいい。ふわふわと浮かんでいる。今は電車も来ない。周りを見ると、電車を待つ人々が携帯を片手にスマホをいじくっている。ひとりだけこちらをじっと見ている青年がいるが、気にする事はない。人間はこちらを感知する事はできないのだ。ポリ袋の健二はふわりふわりと浮かんだまま真っ青に晴れた青空と鉄道のレールの重厚さが混じったコントラストのある風景を楽しんでいた。すると突如大きな風が吹き、健二は街へと連れ去られて行った。上から見下ろす街には灰色や白などの大きな長方形の箱がそこら中に敷き詰められていて、その箱にあいた無数のガラス張りの穴を見ると、健二を作った人間たちが敷き詰められた机に座って必死の形相で小さな金属製のノートのようなものを見つめながらノートにつけられた小さなでこぼこを叩いていた。健二が不思議な光景から目を離し、周囲を見渡すとそこらかしこで、ポリ袋達が舞いに舞っていた。多くのポリ袋は無色で中の見えないオーソドックスなものだったが、中には茶色の色がついていたり、骸骨が小指、人差し指、親指をピンと伸ばして、他の指をたたみポーズを取っているイラストがプリントされた袋など個性的な袋たちもいた。「よう健二、今日もいい風舞ってんな」突然後ろから声をかけられ健二は視点を後方へとずらした。骸骨模様が刻まれたポリ袋のジョンだった。「ジョン、お前もいい感・・・あっ」会話を始めようとした途端、突如突風が吹きジョンは遥か彼方へと吹き飛ばされていったが、健二は特に慌てる事もなかった。ポリ袋同士これはよくある事。別れは突如としてやってくるのだ。ポリ袋がポリ袋らしく風に吹かれながら毎日を過ごしていく事しか出来ないのである。その後も健二がふわりふわりと風に揺られながら街の上を待っていると、遠くからゴウンゴウンと空中に響き渡る重厚な低音が近づいてきていた。ポリ袋の天敵である飛行機である。健二は焦った。飛行機の高速で回転するジェットエンジン部分。あれに巻き込まれて何袋ものポリ袋達が粉々に引き裂かれていく様を目にしてきた。「何とかしてよけねば」しかしながらポリ袋には自力で移動する術を持たない。一定の距離まで近づいてしまえば後は吸い込まれるだけだ。健二は心の中で大きな風が飛行機が来る方向とは別の方向へ吹いてくれる事を願った。健二の願いもむなしく真正面から飛行機は徐々にその大きな身体を健二の存在など一ミリも気にしないか如く、圧倒的な速さで近づいてくる。後10秒もしないうちに健二は吸い込まれるだろう。健二は覚悟した。工場でポリ袋として生を受けて1週間。そりゃ俺たちを使ってる人間たちと比べりゃ短い命さ。捨てられた後も溶かされたり、粉々にされて一生を終える。でも俺たちにとっちゃその一週間が全てだったんだよ。グッバイこの世、俺たちを作った人間の街を見下ろせるのは楽しかったよ。健二は覚悟を決め、風に吹かれるままエンジンへ吸い込まれるのを待った。その時大きな横殴りの風が健二を思い切り吹き飛ばした。健二はその風に殴り飛ばされながら、まだ生きながらえた事を確認した。「我らが父なる風よ。ありがとう」健二は風に感謝し、続く生涯の中でも風をあがめゆく事を誓った。とその時健二は何か鋭いものに身体をついばまれるのを感じた。自身の上方を見た時、全身真っ黒の生き物が鋭いくちばしを向けて真っ黒な目でこちらを見つめていた。「あ・・・」その瞬間健二は何かを感じる間もなく全身を食い破られた。食えない事を悟ったカラスはバラバラになった健二を口から掃き出し、また獲物を探して颯爽と飛び去って行った。ばらばらになった健二は澄み渡った空にふわふわと浮かんでいた。

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詩的短編集 ヘミー @i_nozomi

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