マンホールのふたの下

 マンホールのふたの下に何があるか知ってるかい? ぼくは、小さいころ一度だけ、下におりたことがある。


 学校帰りにサッカーボールで遊んでたら、日が暮れてきた。「暗くなる前に帰らなくちゃ」と思って、サッカーボールをけりながら家へと走った。


 そうしたら、とちゅうで、サッカーボールがスッと消えてしまった。マンホールに落ちたんだよ。いつもマンホールのふたはピッタリと閉まっているのに、その日は開いてたんだ。


 穴の中を見て、びっくりしたよ。ぼくくらいの年の男の子が座っているんだもの。


 その子にむかって「ボール、落ちてこなかった?」と聞いたけど、その子は答えない。しかたないから、ぼくは下におりることにした。


 おりたら下はコンクリートで、目の前にドブ川があった。見上げると、マンホールの穴がお月さまみたいに光って見えた。「ねえ、サッカーボール、落ちてこなかった?」ともう一度聞いたけど、その子は何も言わない。困ったなと思いながら、ぼくはその子のとなりに座った。


「ここ、くさいね。」とぼくが言うと「そのうち、なれるよ。」と男の子は言った。


「ぼくは、しょうた。さくら小学校の三年生。きみは?」

「ミツル。」

「ミツルくんは、どこの小学校?」


 ミツルくんは、答えない。もうすぐ暗くなっちゃうなぁと思ったけど、ぼくはなんとなくその場をはなれられなくて、ミツルくんのとなりにしばらく座ってた。


「ぼく、最近、引っこして来たんだ。」とぼくは言った。


 だからまだ友だちがいなくて。お父さんもお母さんも、おそくなるまで家に帰って来ない。すごくさみしいんだ。


 そう思ったけど、ミツルくんには言わなかった。代わりに「ねえ。暗くなる前に帰らないと、危ないよ。」と言った。ミツルくんは、何も言わずに、ドブ川を見つめていてた。


「ぼくの家に来る?」ぼくは、勇気を出して言った。そうしたら、ミツルくんは、初めてぼくのほうを見て、少し笑った。


 その後の記憶があやふやなんだ。穴から上がって、家に帰ったはずなんだけど、ミツルくんがぼくの家に来たのか覚えていない。


 翌朝、サッカーボールは家にあって、通学路にあるマンホールのふたは、どれもピッタリと閉まっていた。あのマンホールがどれだったのかもわからなかったし、ミツルくんを、あれから二度と見かけることはなかった。


 このことは、きみ以外の人には話したことがないんだ。だって、こんな不思議な話、何があったんだろう、と説明をつけようとする人がいるだろう? ぼくはね、説明なんかつかなくても、不思議なことというのは、案外よくあると思ってる。だから、きみに起こった不思議なことも、ほんとうにあったんだと思うよ。


花金参加作品:https://kakuyomu.jp/users/natukikaguya/news/16816452219569665851

1000字、ちょっと超えてしまいました。お題は「マンホールの蓋の下」でした。

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