金曜日のおはなし

かしこまりこ

ないものねだり(花金参加作品)

 母の淹れるコーヒーが好きだ。


 たくさんの自然光が降り注ぐリビングルーム。美しい所作で、母が私にマグカップをわたす。


「ありがとう。このマグ、お母さんが作ったでしょう。」

「ふふ。わかる?」

「わかるよ。上達したじゃん。」

「そう? 気に入ったのなら、持って帰っていいわよ。」


 私はだまってコーヒーを飲む。芳ばしい香りを鼻から入れて、ふぅと口から息を吐いた。胃のあたりがポッと暖かくなる。


 二人目の夫の、たー君の家に、帰る気はない。今は、マグカップを持って帰る家がない。


「ミーちゃんは、小さいころから、ないものねだりをする娘だったわねぇ。」


 隣の椅子に腰をかけながら、母が言った。


「そうだった?」

「そうよ。服を買いに連れてっても、『ぜったい、こういう色で、こういう形じゃないとダメ』だって言って。本当に世話が焼けたわ。」

「お母さんが、作ってくれたよね。」

「ふふ。まあ、そういう娘だから、ファッションデザイナーになんてなったんでしょうけど。」


 今日は晴天。穏やかな朝だ。鳥の声がする。母が、キラキラと光を放つ窓のほうを見て、ゆっくりと目を細めた。やっぱり、きれいな人だなと思った。


「ないものねだりは、ダメかなぁ。」

「まあ、疲れるわよ、まわりは。あなたも。」

「うん。」

「でも、ミーちゃんは、高く高く飛ぶように生まれたのかもしれないわね。」

「どういうこと?」

「普通の人はね、意外と、そんなに多くを望まないものよ。このくらいでいいか、てところで満足するの。でも、ミーちゃんは、違う。」


 母は、私のほうを見て困ったような顔で笑った。


「私、たー君のとこに、帰ったほうがいいと思う?」

「さあ。私が何言ったところで、どうせ自分のいいようにするんでしょ。」


 母は、もうコーヒーを飲み干してしまって、椅子をたってシンクまで自分のマグカップを持って行った。


「ゆっくり考えるといいわよ。」


 そう言って、母は出て行った。


 ふりそそぐ自然光と、母の作ったマグカップと、少しぬるくなったコーヒー。今日の予定はない。ふつふつと、力が湧いてくる。気を許したら、大声で叫びそうだった。


 私は、いろんな人を傷つけて、ずっと孤独に生きていくのかもしれない。足ることを知らずに、もっともっと、と望み続けて死ぬのかもしれない。そんな私を、まわりは軽蔑するだろうか。


 それでも、高く高く飛びたいと思った。

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