第30話
それは、剣矢でさえ経験したことのない規模の爆発だった。憲明の発したグレネードが、立体駐車場の壁面を粉砕する。そこに、和也の狙撃が加わって車に着弾、漏れ出したガソリンがグレネードの熱で瞬時に炎に変わり、その階層を舐め尽くした。
「ぐっ!」
剣矢は葉月を胸に抱いて横たわり、熱と光、それに飛んできたコンクリート片から彼女を守り切った。
その時気づいた。葉月がまだ息をしていることに。そして、ゆっくりと目を開こうと、顔を顰めていることに。
「葉月」
「……」
「葉月、気づいているなら答えてくれ!」
「……けん……や……」
葉月の目が薄く見開かれ、剣矢を捉える。剣矢はぐいっと葉月の上半身を引っ張り起こし、思いっきり抱きしめた。
「まっ……息、できな……」
「あっ、ご、ごめん」
ゆっくりと剣矢は腕を離し、そっと葉月の両肩に手を載せた。
「俺はまだあと九十秒だけ動ける。ドクが今の爆発でどうなったのか――仕留められたかどうか、見てくるよ」
葉月の瞳が潤んだ。きっと自分を止めたいのだろうと、剣矢は察する。
だが、それは無理な相談だ。今ここでドクを逃したら、次は何をしでかすか分かったものではない。
しかし、わざわざ戻る必要はなかった。振り返った剣矢の視界に、火だるまになった人影が立体駐車場を抜け出し、隣のビルに突入するのが見えたのだ。
「あっ、けん――」
『剣矢』と叫ぼうとしたであろう葉月の声を無視して、剣矢もまた、そのビルの同じ階層に飛び込んだ。
※
ドクは、呆気なく見つかった。だらりと片腕を垂らし、覚束ない足取りでこちらに向かってくる。衣服と表皮は大方焼け落ちて、どれほど頭が回っているのかも怪しい状態だ。
それでも、瞬間的な速度は衰えがなかった。やはり、爆風だけでは倒しきれなかったかと、剣矢は歯噛みする。
だが、打撃速度は落ちていた。剣矢はドクの腕を振り払い、足を蹴り離し、どんどんそのフロアの端へと追いやっていく。
そして、ドクの残った腕を握り込み、思いっきり振り回した。
「うおらああああああああっ!」
壁や窓、時折床にドクを叩きつけながら、剣矢はジャイアントスイングを見舞った。そして、砲丸投げでもするかのように、勢いよく投げ飛ばした。
既に外壁のなくなっていたフロアから、ドクが放り出される。その先に着地可能なビルはない。ドクは、落下していくしかないのだ。約百メートルの高みから。
腕を離してから数秒後、ドオン、と鈍い音がして、アスファルト片が巻き上げられた。
剣矢の残り時間は、あと十五秒。自身は素早く、低いビルの天井への着地を繰り返し、ドクの下へと舞い降りた。
しかし、
「ん?」
おかしなことに気づいた。ドクの姿が、ない。煙の中からでもそれは確認できた。地面に大きな陥没は見受けられたのだが。
まさか、ドクはまだ生きているのか?
ふっと殺気を察知するのと、剣矢の制限時間が来るのは同時だった。
「ぐはっ!」
思わず膝を着き、それでも何とか身体を殺気の方へ向ける。
そこにいたのは、ドクだった。あの高みからの落下の衝撃。それを、可能な限りの受け身を取ることで、なんとか切り抜けたのだ。
と言っても、腕は両方ともなくなっていたが。
しかし、ドクは――もしまともな表情筋が残っていたら、笑みを浮かべていただろう。何せ、その半分ほどにちぎれた腕は、エレナの首に掛かっていたのだから。
「エレナ!」
剣矢は、壮絶とも言える脱力感に苛まれながらも、拳銃を抜いた。二丁使う余力はない。いや、ただ一丁であっても、照準がブレてどこに弾が飛ぶか分かったものではない。
せめて、ドクとエレナを引き離すことができれば。
その時だった。ふっと、強い意志の光が剣矢の目に飛び込んできた。その光の元にあるのは、エレナの瞳だ。
無茶をするな、と叫びかける剣矢。だが、辛うじてその言葉を飲み込んだ。今戦況を変えられるのは、エレナだけだ。
微かに頷いて見せる。すると、エレナはかくん、と項垂れた。
訝し気に思ったドクが見下ろした、次の瞬間。
ドン、という重い音がして、ドクが上半身をのけ反らせた。エレナが後頭部で、ドクの胸部にヘッドバットを食らわせたのだ。
微かに鮮血が舞い、ドクとエレナの間が離れる。
剣矢はふらつく膝を叩き、全身全霊を脚部に込めて、一直線にダッシュ。
エレナを軽く突き飛ばし、体勢を戻したドクの眉間にぴたり、と銃口を当てた。
そして、絶叫しながら全弾を叩き込んだ。
一発叩き込むごとに、ドクの身体は痙攣し、血飛沫が舞い上がる。
残弾がなくなったのは、ドクの頭部がその原型を留めなくなった頃だった。
ドクはゆっくりと、大の字を描くように背後へ倒れ込んだ。と同時に、どさり、と剣矢は自らを横たえる。酷い血と廃液の臭いがする。
最後に剣矢の視界が捉えたのは、こちらに駆け寄ってくるエレナの泣き顔だった。
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